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絵本「教室はまちがうところだ」が日本の常識になるといい

どうも、林やすむ[@hayashiyasumu]です。

日曜日。

さて。

 絵本「教室はまちがうところだ」が響いたおじさん

 たまたま図書館で借りてきた絵本の内容がすばらしかったのでご紹介。

「教室はまちがうところだ」 蒔田 晋治 (作) 長谷川 知子 (絵)

絵本「教室はまちがうところだ」の表紙

元々は詩が先にあって、それを絵本にした作品らしいです。
とにかく、冒頭引用。

教室はまちがうところだ
みんなどしどし手を上げて
まちがった意見を 言おうじゃないか
まちがった答えを 言おうじゃないか

まちがうことを おそれちゃいけない
まちがったものを わらっちゃいけない
まちがった意見を まちがった答えを
あじゃあないか こうじゃあないかと
みんなで出しあい 言い合うなかで
ほんとのものを 見つけていくのだ
そうしてみんなで 伸びていくのだ

でね、サクッとググッとしてたら、レビューサイトのレビューがこれまたよかったので引用させて頂きますハイ。

投稿者:yukkiebeer

 1974年(昭和49年)4月、私は名古屋の小学校の5年生でした。新しい担任の●●先生は新学期を迎えるにあたって、長文の詩を書いた横長の模造紙を私たちの教室に貼りました。その詩の題名は、「教室はまちがうところだ」。
 きちんと生きること、正しくあることを日々言われて育った10歳児の私たちにとって、あたかも悪魔のささやきであるかのような題名をもったこの詩はとても大きな驚きを与えるものでした。

 私たちはこの詩を毎日眺めながらその後の2年間を生きました。自分の発言が間違っていたらどうしよう、友達に笑われたらどうしよう、と臆すことばかりが身についてしまっていた私たちは、この詩に勇気づけられるように教室の中で数え切れないほどの<間違い>をしていきました。自分の思ったこと、考えたことを皆が積極的に発言していく中で、他人の考えを尊重するということの意味を知り、そして私たちはほんのちょっぴり成長して小学校を卒業したのです。

 他人の目を気にすることと、出る杭は打たれるということばかりを賢(さか)しらに学びながら生きる日本の子供たちにとって、この詩がもたらす福音は計り知れないのではないでしょうか。
 私も、そしておそらく私のかつての級友の多くも、その後の人生で折りに触れてこの詩が教えてくれた勇気を思い返して生きていると信じます。

 あれから30年。今年、私たちの担任だった ●●先生は定年退職をされ、同時に「教室はまちがうところだ」が楽しい絵本になったことを知りました。縁(えにし)というものを感じないではいられません。

 言葉で編み上げた作品が、読者の人生を大きく方向付けることがあります。私たちにとってそうした力をもった作品のひとつがこの「教室はまちがうところだ」です。
 だからこそこの詩と引き合わせてくれた担任の先生と、この詩に巡りあえた自分の人生に感謝をしたいのです。

※引用では個人名を伏せました。

honto.jp

二年間教室に貼り続けたってのがミソですよね。

いい意味での洗脳。

とにかくそうなんだって根づかせる。

で、貼るぐらいなので、常々それを意識した教育を心がけてたにちがいない。

大人がやらなきゃ子どもはやらない

プラスアルファで感じたこと。

子育てしててつくづく感じるのは、大人がそれやってなきゃいくら言っても子どもはやらないってこと。

スマホやっちゃダメ!って言ってる大人がスマホに夢中な現代社会よ。 。※自分含む

とはいえ、ムリクリやらせることはできるだろうが、やらせれば歪む。

 それの極みが加藤智大ですよね。。

suzukiyasumu.hatenablog.com

「当たり前」を変えるのは大人の役割

シンプルに、子どもは大人のマネをする。

なので、この絵本で言える究極は、大人が「やって失敗して成長する姿を子どもに見せ続ける」ことで、当たり前を変えていくしかない。

そんな世の中で生き続けてきて「失敗しても照れ笑いしない」とか、正直エラい難しいけども。

まぁ、ただのおじさんがあんまりとやかく言う必要もありませんわね。

とにかくね、いろんな言葉を理解し始めてるぐらいの4歳あたりから、「常識」の根づく小学校中学年ぐらいまでの子どもがいる親は特に今のうちに読んで聞かせてあげてほしい。

子どものいないあなたには、ぜひそんな子どものいる家庭にプレゼントしてあげてほしい。

外からの働きかけの方がすんなり子どもの心に染み込んだりするので。

じゃ、おやすむ~!!