相応の評価を得られない私の問題点
どうも、林やすむ[@hayashiyasumu]です。
もう水曜日か。
さて。
- 内容のわりに少ない読者数なのはなぜか
- 「けっこういい○○○してる」発言
- それ相応の評価や対価を得る能力が著しく欠けている
- 生きづらいって言ってるわりに生きづらそうじゃない
- 社会不適合ぶってるわりに意識高い系なことをのたまう
- とはいえ今の時代ではもう中途半端
内容のわりに少ない読者数なのはなぜか
こんな機会はなかなかないでしょうから、先日の自由ネコさんからの誉められ記事の余韻にもう少し浸りましょう。
記事の中で言って頂いているコレ。
やすむ氏のブログ、個人的には非常に興味深いと思うんですけど、はてな読者が30人台ってってのは、どういうことなんだろうな?ってちょっと不思議です。
(もしかして・・・オレのセンスの方が間違っているのか?)
いやね、私自身すごく感じてるんです。
なんなら、こんな気持ちをずっと小脇に抱えながら生きてるぐらいな。
なんでしょう、誰にも誉められてなかったら、単なる独りよがりなんですが、今のうちなら「誉められた私」と「誉めた自由ネコさん」の二人よがりにできそうなので、このタイミングで書いておくことにします。
オジさんの二人よがり。
「けっこういい○○○してる」発言
ハッキリと「表現」を始めた頃から振り返りましょう。
ニート生活後の、Tシャツ屋さん。
いや、長くなるな。
ご興味おありの方はこちらご覧下さいませ。
ザックリザックリといきましょう。
いやね、信念が強すぎるというか、自分の感覚を信じすぎてるというか。
それも「面白い」とか「カッコいい」とか「変」とか「いい曲」とか「色」とか「気持ち悪い」とか、そういう数値化しづらい根拠のない部分の。
今からスゲー恥ずかしいこと言いますよ。
話を分かりやすくするためですからね。
もしそうであっても自分で言っちゃダメなやつ。
話を分かりやすくするためにね。。
いきます!!
「けっこういいセンスしてる」と思ってるワケです。
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今わたし、ボロボロの事務イスに座って、スーツの上に会社名の刺繍の入ったドカジャン羽織って、外みたいなビルの受付の陰でストーブに当たりながら言ってます。
そういうオジさんです。
ハイどうぞ、笑っていいんですよ。。
ま、言ってしまえば「中二病」みたいなもんですね。
ただ、それこそ独りよがりで終わるならそれで済む話なんですけど、今回の自由ネコさんの記事もそうだし、自分の書いたコラムがテレビブロスに載ったり、自分の作った皇太子様のパロディTシャツが大川興業の大川総裁にツイートされたりとか、相応の実績みたいなものを持つ他者からの「承認」があるにはあったりして、自覚してる自分の感覚(これ以上センスって言うのは恥ずかしいので「感覚」で)と、見る人が見た場合の自分の感覚がおおむね一致しているために、話がややこしくなるワケです。
まぁ、過去のささやかな他者評価にすがるしかないのが、その「程度」を物語っているともいえますがね。。
ちょっとなんかマジメかつ辛気臭い文字が並びすぎて息苦しいですね。
休憩
それ相応の評価や対価を得る能力が著しく欠けている
あるのは、それなりにイイものを持っている(シレッと)にもかかわらず、それを活かしきれないままズルズルとオジさんになってしまったという現実のみです。
かんたんな話、Tシャツ屋で食えるまで踏ん張って続けられればそれが一番よかったと思っとるんですが、それを言い出すと、坐骨神経痛が・・・って言い訳話にスポッと落とし込んでしまうのでヤメましょう。
(※でもちょっとだけグチりましょうか。やりたいことをやれてる時の「こっから行くで〜!」とか「今が踏ん張りどころ!」って時に、そういう気力を萎えさせる心身の不調ってのはホントにキツいです。その時もあとからもキツいです。若者よ、おかしなもの食ってりゃ心も身体もおかしくなってくので、まともなもん食ってしっかり寝てくれよな!)
なんかまぁ「アピール下手」というか、でまたその「評価」というのが、「お金」とか「数字」ってとこにすり変わるでしょう?!
それがまた心の中になにか歪んだストレスみたいなものを生み出す・・・、いや、やめましょう。
分析ではなく、私の問題点を挙げるのが今日のテーマです。
生きづらいって言ってるわりに生きづらそうじゃない
生きづらいいとも!なんてやってるわりに、嫁も子どももいてグチってないし、生活に困窮してる様子もない。
日曜日の朝に、スコーン焼いて紅茶淹れてる。
スコーンにチョコチップ入れてる。
イギリス王室の朝食。 pic.twitter.com/Ybd8gPHEDX
— 林やすむ@生きづらいいとも! (@hayashiyasumu) February 16, 2019
このブログのノリだって、なんかかんだこねくり回す余裕がある。
この辺に関してはですね、生きづらいいとも!って始めて細々と二年ぐらい経つんですが、その間に本読んだり記事書いたりして、正直けっこう克服できてきてる感があったりします。
そんなんで近頃は「生きづらいって言ったらいつでもどこでも誰とでも生きづらそうにしてなきゃダメなの?!」って思ってます。
社会不適合ぶってるわりに意識高い系なことをのたまう
また自由ネコさん記事の引用。
ダメな感じが非常~~にイイじゃないですか。
これですよ、これ。
こういうことですよ。
自虐の一歩手前、みたいなさじ加減。
ダメ人間っぽさみたいなものが漂ってるところをポジティブに受け止めてくれてるワケです。
のくせに、なんか分かったようなことをのたまうんですね、私。
特にツイッターでその傾向が見られます。
※ちょっと今探す時間がないので、気が向いたらのたまいツイート貼り付けます。
おまけに、のたまうだけのたまうくせに経験や実績は一切ない。
さて、だいたい見えてきました。
生きづらいって言ってるわりにそうでもない。
ダメ人間ぶってるわりにマジメ。
キャラがぶれてるというか、悪い意味で裏切ってますね。
とはいえ今の時代ではもう中途半端
いくら、死体のTシャツ作ってたとか、高円寺でキワモノ喫茶店やってたとか言っても、昔話だしイマイチ詳細明かさないし、その時代ちょっとぐらいトンガッてたかもしれないけど、今食いつかせるにはもう遅いですよね。
ン?
いや。。
ちょ待てよ。。
ちょっとね、そろそろいいですか??
なんなんですか、ここまでの一連の考察は?!
自分への悪口を自分で予想して、それに自分で言い訳したり反論したりしてるだけじゃないですか?!
いい加減にして下さいよ!!
って、もうちょい締めに時間をかけたかったところですが、子どもが待っているので今日はこの辺で。
じゃ、おやすむ〜!!