三年ほど前に、ゴッドタン(テレビ東京)の腐り芸人セラピーで出た名言。
『こっちの30点を100点だと思ってる芸人が売れる』
この言葉を聞いて以来、私は岩井を信用している。
それ以前は半信半疑だった。
理由は前髪だ。
初期の岩井は、前髪を目に入りそうなぐらいの長さで下ろして分け目を作らないという、微妙に独特なヘアスタイルをしていた。
上下黒のジャケットとともに、私にはそれが、ミステリアスとか、シュールとか、センスとか、そういった類の演出に見えた。
名前は「勇気」なのに。
澤部のアラスカもジャマだった。
前髪に頼る人間を見る度に思うことがある。
それはズバリ「上げた方がきっと素敵だよ」ってこと。
高校時代、となりのクラスに岩井のくせっ毛バージョンみたいな前髪でミステリアスな雰囲気を醸し出していた、ハマタシンタロウくんという男がいた。
三学期のある日、彼が髪を短く切り、前髪を上げてきた。
笑顔がとても素敵だった。
同じ笑顔のはずなのに、前髪のある時は「なにかを企んでいる人間」の笑顔に見えた。
見えない、つまり隠すということは、なににせよ相手にネガティブなイメージを与えるのだ。
逆に澤部には、「坊主」と「岩井」を自身のイメージ向上に利用してやろうというあざとさが見え隠れする。
澤部はいつだって30点のお茶の間に狙いを定めている。
澤部にはそういうところがある。
岩井が前髪を上げてヨコ分けにしたのがいつからか定かではないが、岩井がありのままの岩井として認知され出したのは、ヨコ分け以降ではないだろうか。
それはつまり、岩井の見せた「ありのままの笑顔」が、視聴者に伝わったということだ。
そんな岩井が、冒頭の名言以来3年ぶりに私の心を動かした。
地球最後の日に食べたいものが「パエリア」だというのだ。
「パエリア」に決まっていると。
魚介の旨味がつまっていると。
岩井の言葉は点と点を線にする。
私はパエリアを食べたことがなかった。
いつからか食べてもいないパエリアについての思考を放棄していたことに気づかされた。
パエリアのパッと見だけで、なんかリゾット的なチーズとトマトとかのよくある洋風みたいな地中海みたいな味のやつだろうと決めつけて、パエリアを私の人生から追い出したのだ。
なんなら、ピザーラ系列のパエリア専門店の宅配のチラシが入る度に、「誰が頼むねん!」と何度チラシをゴミ箱に投げつけたか分からないほどにまで、パエリアを見下すようになっていた。
パエリアを見下すことで、ほんのわずかでも自分を大きく見せたかったのかもしれない。
「パエリアには魚介の旨味がつまっている」
岩井に繋げられた線の上を、私は走った。
気づけばフライパンのフタを閉じ、タコとイカを米と一緒に炊いていた。
堅めの米とともに噛みしめる度、口中に染みわたる魚介の旨味。
岩井の言う通りだった。
パエリアがパエリアとして存在し続ける理由、ピザーラ系列のパエリア専門店がツブれない理由が、はっきりと理解できた。
きっと澤部には理解できていないだろう。
岩井が、これからの私の人生にパエリアを与えてくれた。
今度はエビや貝も入れたい。
今日も朝から、ヨコ分けの岩井が笑うおはスタを真顔で眺めている。
※「魚介の旨味がつまっている」という言葉は、その後に「おぎやはぎのメガネびいき」に出演した時だった気がします。