ミミズだってオケラだってアラフォーだって

ビルの受付からカリッと更新中!サクッと読める香ばしい雑記です

ポンヘラさんのポエムが強い&グイグイ自薦ポエム「私は見ている」全文

どうも、林やすむ[@hayashiyasumu]です。

土曜日早朝。

小3の娘は本日土曜授業。

どこもそうか分かりませんが、足立区の公立小学校は月イチで土曜授業があります。

すげージャマです。

しかし、我々より手前の世代って、よく日曜日だけの休みで耐えきりましたよねぇ。。

さて。

【ポンヘラの歌】にポエムカテゴリーができたようです

万年ブレイク予定の当ブログがブレイクしたあかつきには、「古参の読者」として認定されているポンヘラさんのブログにポエムカテゴリーができたようです(あった?)。

私の心にポチョンッって感じで、静かに響きました。

記事はだいたい心配か弱音なのが、ポエムだとすげー強い。言葉力が。

miffyjhk.hatenablog.com

いやなんか、いっつもオレンジジュースの飲みすぎばかり心配している人の言葉とは思えません。

私が、曲はいっぱい作れるけど詩が書けないミュージシャンだったら、ポンヘラさんに詩を依頼したい。

どんどん吐き出して積み重ねてってほしいものです。

私の過去記事グイグイ自薦ポエム「私は見ている」全文

ついでに、私の過去記事グイグイ自薦ポエムもゴリゴリにご紹介して、サクッと終わります。

かれこれ10年近く前でしょうか、製造業の品質管理で、溶剤に粉を溶かして混ぜる仕事をしていた時の日常風景です。

「私は見ている」

 

私は見ている 若手を見ている

若手はヤフーを見ている

私がコピーをしに行くと

若手はヤフーを見ている

十中八九見ている


私がドアを開けたコンマ1秒後に

若手はヤフーを閉じる

ヤフーを閉じて あらかじめ開いてある

エクセルファイルに向かっているフリをする

私は見ている


コピーから帰ってくると

若手はまたヤフーを見ている

私は 私のコピーの時間なんて

いつもほんの数分なんだから

その数分ぐらいエクセルファイルに

向かっているフリをしてればいいのにと思っている

言わないけど思っている


私も見る

私もヤフーを見る

それぐらいいいだろうと思っている


私は見ている 若手を見ている

 
じゃ、おやすむ~!!

電気グルーヴが次長課長にならないために石野卓球にオススメしたいこと

どうも、林やすむ[@hayashiyasumu]です。

やっとこさ金曜日。

さて。

ピエール瀧を許そうとする空気

ピエール瀧逮捕のニュースも、落ち着きそうで落ち着きません。

news.nifty.com

それでも、昨今の芸能界のスキャンダル(っつーか社会全体)には珍しい、「許そうとする空気」を感じる気がするんですが、どんな感じでしょうか?

これきっと「電気グルーヴの価値」なんでしょうね。

深く愛される電気グルーヴの一員でありつつ、広く親しまれる役者・タレントのピエール瀧でもある。

深く愛されてるとこの層が厚い分だけ、許そうとする空気が表に出てくるって感じで。


むしろ、矛先が瀧から卓球に向かってますよね(卓球氏の狙いっぽい気もしますが)。

個人的には、「ちょっと許そうとするの早くね?!」って思ってます。

一応私のスタンスを言っとくと、世間一般よりは電気グルーヴ寄りぐらいの位置だと思います。

漫☆画太郎先生や、殺害塩化ビニールとの関係性などから、まちがいない人たちだとは思いながらも、ちょっとなんか、カッコいいとこに収まりすぎな気がしてて、ポジティブな感情の中になんとな〜く妬みがあるというか。

石野卓球のツイートに感じるツラみ

そんな感じなので、卓球氏のツイートとか見ても「ヨッ、卓球!」とはならないんですよね。

その「ネタにしつつ温かく受け入れてやろう」ってのと、世間に対する「クソかよ」っていう意思表示は理解できるんだけど、それより「本人ツラくね?」の方が勝っちゃう。

表面上、鋼のメンタル装うことはできるし、実際「うるせーよ」って感じではあるんだろうけど、この先ずっと「疑惑の人」で生きていくのツラすぎるでしょ。

なんとなくの「世間の目」もそうだし、一緒に仕事する人たちだって、本当に信頼関係できてる人以外は、そんな目で見続けますよ。

ネタにして消化すんのも今だからできることで。

でもね、しばらくしてピエール瀧が復帰して「電気グルーヴ」として活動し続ける分には、たいした壁ないですよ、今すでに「許そうムード」なんですから。

瀧の損害賠償とか、背負うものは背負うとしても、日々の生活に困るようなことも多分ない。

でもやっぱね、「世間の目」を今のままにして、ちょっと深いとこに潜るような感じって、誰も望まないんじゃないかなと。

瀧の借金返済も、その働き方だとキビしいでしょうし。

石野さん、自首しちゃってみましょう。

私に妙案があるので聞いて下さいよ。

正直、これ決めたら歴史が変わります。

石野さん、自首しちゃってみましょう。

あのね、これべつに、「罪を償って二人で出直すべき」なんて、教科書どおりの行いを勧めてるんでなくて、ネタです。

社会常識なんてフワッとしたもん飛び越えて、日本の法律で遊んじゃうの。

私の認識なら、電気グルーヴってそういう人たちでしたよね?

世間一般の常識とか、空気とかを茶化してオモチャにして楽しんじゃう感じの。

貫きましょう。

石野卓球自首の手引き

手順言いますからメモして下さい。

まず、今もなんかやっちゃってるんだとしたら、出てこないようにしときます。

で、取り急ぎ自首しましょう。

今やってないんだとしたら、罪に問われるような証拠までは出てこないでしょうから、不起訴っていうんですか?自首したけど無罪放免って状況になるワケです。

※運悪くなんか見つかっちゃって、罪を償うとしたってまぁ一年二年不自由な生活するぐらいでね。

えぇ、やることはこれだけです。

あ、あと釈放の時は七三分けでね。

もうこれで、世間は「よく反省して白状した!」って満足します。

ファンからすれば、壮大すぎる30周年サプライズで大盛り上がり。

二人にとっても、揃って前科者扱いになれば、変なわだかまりもなくなるし、こうなったらエンターテイメントの世界で唯一無二ですよ。

この先、怖いものナシのなんでもアリ。

どうです?!妙案でしょ??

私コレ、今書いてる間にも先にやられるんじゃねえかって、若干気を焦らせてますからね。

二人で自首の打ち合わせしてるんじゃねえかって。

石野卓球 ピエール瀧被告から感謝され「おまえの発言に救われた」― スポニチ Sponichi Annex 芸能

放置で沈静化なら電気グルーヴ次長課長になりかねない

とにかくね、このまま沈静化って先々よくないですよ。

まして卓球ツイートで、かなり世の中煽ってますから。

このままだと、ずっとドヨ〜ンとしたものが底にこびりついたままになります。

だって、次長課長河本見て下さいよ。

人殺したわけでもないのに、この感じじゃもう一生許されませんよ。

私自身、「そこまでのことしてないけどな」って思ってたって、この先河本でナチュラルに笑えるようになれない気がしますもん。

それこそ「空気」で、それをいいとかダメとか言ってもしゃあないというか、ちょっとしたズレでずーっと噛み合わなくなるというか。

なのでぜひ、石野卓球のためにも、ピエール瀧のためにも、電気グルーヴのためにも、次長課長のためにも。

石野さん、自首オススメです。

じゃ、おやすむ〜!!

フタケタの輪!(読者数の少ないブログ紹介)vol.2【新社会人とアラフィフの女子お二人】

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受付で画像編集までこなす始末

どうも、林やすむ[@hayashiyasumu]です。

木曜日。

さて。

ブログふたっつご紹介!

vol.1の反響報告以来です。

suzukiyasumu.hatenablog.com

「この感じで読者数フタケタ(以下)なの?!」ってブログをご紹介する「フタケタの輪!」。

今回はふたっつ。

さっそくどうぞ!

【はっとりのセキララLand】

新社会人女子のはっとりさんのブログ。

なぜだか、

もっと!リスキーな散髪を!!追い求めて!!私は!!言葉の通じない!!!文化の異なる!!!海外で髪の毛を切りたい!!!という、気持ちにたどり着いてしまったのです!!!!

 

そして、私は、私に、

『日本以外の美容室で、髪の毛を切らなければならない』

という、ハイリスクなmyルールを設定しました!

ということでして、その顛末がこちらの記事です。 

hatttori-nikkki.hatenablog.com

はたまたこちらでは。

ブータンには私たちが考える自由がないのです。(そもそも、自由という発想がないのかもしれない)

hatttori-nikkki.hatenablog.com


春から新社会人、くれぐれも「社会の荒波にすり減ってブログ放置」にならず、むしろその鬱憤をブログにバチンバチンぶつけまくって頂きたいと願っております!

にしても、読者になってもらってるワケでもなく、こちらも特に一定期間読んでましたよってワケでもなく唐突に言及(記事リンク)するのってドキドキしますね。。

しかも、オジさんからヤング女子に。。

続きましてこちら。

【転んでもただでは起きない日常】

オジさんにそんなこと言われてもトキメかないだろうと思って今まで黙っていましたが、近頃「オバさんのブログがアツい!」と勝手に思っていました。

ただ、「フタケタの輪!」で紹介するまでもない、立派なオバさんブログばかりなんです。

ええ、立派なブログね。

そんな中、手垢にまみれていないフタケタアラフィフ女子のブログが見つかりましたので、ぜひ手垢つけて下さい。


ぜひとも、新社会人の諸君に「次世代の働き方」として改革の参考にしてもらいたい仕事観。

もう完全に

この会社のためになることは絶対やらね〜!

って決心しちゃったので信念を貫き通しています。

「会社では絶対にやる気を出さない」っていうことを逆モチベーションとして生きていると今度は他のことに正モチベーションが出したくなるもので、

会社にいる時間を使って次々に資格を取得。(会社にとっても有益のはずだけど絶対言わない)

って。

www.izumisawasan.tokyo

雨の日のチャリンコファッションの不審な自撮り、ぜひ見て下さい。

www.izumisawasan.tokyo

さてさて、今回はここまで。

サンケタの人、ヨンケタの人にお願い!

コレですね、サンケタの人、ヨンケタの人、ビビッときたらぜひぜひ皆さんのブログでも紹介お願いしますよ!

べつにこの記事経由しなくたっていいですし、ちゃんとした説明とかなくたっていいですし。

私はOBH(おもブロハンター)の皮ならぬヘルメットをかぶらされた、しがないやりがい配達員でして、紹介してもブログ主の方にささやかなやりがいをお届けすることぐらいしかできません。

みんなのサンケタパワー、ヨンケタパワーを、オラたずに分げてけれ(悟空と思いきや吉幾三)!


vol.1はコチラ〜↓

suzukiyasumu.hatenablog.com


あんなにヒトケタだった【イケてない24歳のパルプンテ】の読者数が「フタケタの輪!」効果でなんとも見事なフタケタに!!

じゃ、おやすむ〜!!

ロスジェネ世代から「人生再設計第一世代」に改名しました。

どうも、林やすむ[@hayashiyasumu]です。

曇り空の水曜日。

さて。

ロスジェネ世代、就職氷河期世代から「人生再設計第一世代」へ改名

こちらの記事読みました。

delete-all.hatenablog.com

 ホントにこんな感じで、二十代三十代をこの時代に生かされたことで、その時その時の「人生の味わい(いいいものも悪いものも)」みたいなものを感じられなかったっぽいなってのは、おっさんになって思いますね。

そして漏れました。

ロスジェネ世代が失ったのは生きている実感ではないか。 - Everything you've ever Dreamed

そんな時代を生かされたからこそ、取り戻せるはずのものも取り戻せない「失敗作」の私。

2019/04/17 10:33

b.hatena.ne.jp

「失敗作」やん。

いやね、まず「作ったの誰よ?」って話でしょう。

そんな名前考える前に。

しかも「第一世代」って。

脈々と受け継がれる前提なの。

せめて「人生再設計第一世代 〜後の〜」であらせてほしかったですよ。

※元ジャリズム山下の「鼻油千右衛門時定 〜後の〜」への改名から着想。

インタビューマン山下 - Wikipedia

 社会に出されるその瞬間にハシゴ外されて、みんなボトボト落っこちて、アチコチでもがき苦しんでたり、ピクピクしてたりしてんのが、だんだん動かなくなったり、ほんの一部の人だけがよじ登ってきてるのとか、20年ずーっと傍観してきてのコレ。

「こうやってりゃ生きていけますからね(学校教育)」っていうフリをさんざん効かせてのコレ。

「学び直したらまだ働けます」じゃ学び直さないから

でね、マズいから支援しよかってのはべつにまぁやりたきゃやってくれていいんだけど、ちょっと手を貸すぐらいじゃムリですから。

その手みんなでグイッと引っぱって、国ごと一緒にドッポ〜ン!!って海に落ちますよ。

学び直さないですから。

こんだけグッタリした人生送らされて、気分はすでに「余生」なんですわ。

要介護。

「これ学んだらまだ働けます」じゃ学び直さないってば。

学ぶとしても勝手に好きなこと学ばせてもらいますよ。

救わなきゃいけないのは、学び直せないとこまできちゃってる人ですから。

前書きましたけど、コレね。

地味に痛いのがハケンとして働いてきた人の気質の問題。

・自分のことだけやればいい
・責任ない
・質は厳しく問われない
・時間までやればいい
・イレギュラー対応はしない
・工夫を求められない
・自分の都合は通る

ロスジェネ世代の「派遣気質」はもう取り返しがつかない - ミミズだってオケラだってアラフォーだって

あなたたちが「粘りのない大衆」を作り上げたんです。

「それでいいよ」って生かされてきたんです。

ほしいのは「仕事にしがみつかなくても死ぬまで生きられる安心」だけ

まぁだからね、「ロスジェネ世代は失敗作」の方向で動き出したんであれば、もうやることはひとつなんですよ。

「仕事にしがみつかなくても死ぬまで生きられる安心」を与えること。

呼び方はベーシックインカムじゃなくたっていいですけど、そんなん。

就職氷河期見舞金」でも、「人生修繕費」でもなんでも、今回の「人生再設計第一世代」に劣らぬネーミングを考えて頂いて。

まぁでもね、「お金≒しあわせ」の時代はもう終わってるんです。

ってことは、「お金≒しあわせ」前提の仕組みも終わってる。

早く動きましょう。

なので、必ずしもお金じゃなくて、空き家でいっぱいになってくんだから、「この家どうぞ」でもいいし。

失敗作と認定したら、もう「人生再設計第一世代」だけ特別扱いしてもらっていいワケです。

次に控える第二世代に活かすための「実験」でいいんですよ。

残された時間は、長いようで短く、とはいえ短いようで長くもあり、自分たちでもどうなっていくのかよく分かりませんし、あなたたちにだってよく分からないはずです。

早くしないと実験台も死んでいきますよ。

まぁ、まずはとにかく手厚い方向でね。

「人生再設計第一世代」という名の失敗作が、力を合わせて実験台になってあげますから。

じゃ、おやすむ〜!!

過去記事の話の続きと「錦織(にしこり)問題に関する提言」

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5年ぐらい前に立石フェスタに降臨した錦織圭(ではなく「キャベツ確認中」のしまぞうZ氏)と娘

どうも、林やすむ[@hayashiyasumu]です。

火曜日。

さて。

読んだ人の反応で気づかされる自分の視野の狭さ

昨日の記事のつづき。

suzukiyasumu.hatenablog.com
いやね、なんか大事なことを言い忘れてた気がして。

あくまでも「過去記事になったとたんに価値が下がった気がするのはなぜだろうか」ってことだけの話で、キーワードとかSEOとか、なんなら実際読まれてるかどうかさえもまったく考慮してない話でした。

なんかこういうのも、読んだ人から反応がもらえて自分の視野の狭さに気づかされる感じで、「ええやん(テヘペロ。オジさんの)」ってなります。

あともう一個、「だである調」で、言ってることにスキがあるとよりマヌケだってこと。

なんか、テキトーに書き出して、書き出しが「だである調」になってると、じゃ、「だである」でいこう。

ってな感じで続けちゃうんです。

でも、だである調で全部通そうとするとなんかしんどくなってくるっていうか。

なのでまぁ、「ですます調・だである混じり」ぐらいがちょうどいいんですよ私は。

「文章の書き方」的な本には、統一すべし!って書いてるでしょうけどね。

あと「他者の反応によって」って話でもう一個。

高校生の時に国語の先生に教わったこと - ぐわぐわ団

「なにが美人でなにがブスか」は変わっていくのに、「美人を尊びブスを蔑む心」が変わらないのはなぜだろうか・・・(という無責任な投げかけ)。

2019/04/15 05:00

b.hatena.ne.jp

コレに、わざわざ次の記事内でていねいなアンサー的なものを頂きまして。

www.gw2.biz

私けっこう「ブコメは(迷惑かけない程度に)勢い」をモットーにしてて、フワッと感じたことでも投げちゃうんです。

投げられた方からすると「あさっての方向」な場合も多々あるかもしれませんがお許し下さい。。

これの場合、自分が思ってたことの「芯」に自分で気づかないままコメント入れてて、アンサーを頂いたことでそれに気づかされたワケです。

要は、時代によってなにが「美人」でなにが「ブス」かが変わるなら、その価値基準自体が多様化して、比較して優劣つけるものでなく、人それぞれの「好み」という概念しかなくなるってなことにはならないもんですかねぇ、みたいなことです。

記事を「作品(表現)」と捉えるか「日記(記録)」と捉えるか

それからそれから、「過去記事読んでほしい」って想いのあるなしで思ったのは、書いた本人の記事に対する捉え方なのかなとか。

べつにどっちがいい悪いでなく、自分の記事を「作品(表現)」と捉えてるか「日記(記録)」と捉えてるかってとこで、作品って想いが強いほど「これ読んで!」ってなるんではないかなと。

いやね、私自身が、(このはてなブログよりも前)ブログってものに触れて以降ずっと、基本的に記事を作品という感覚で捉える気持ちが強かったんです。

で、そうなると、(自分の思う)完璧な形になるまで際限なく修正を繰り返したり、労力かけてる分だけ反応を求めたり、反応があっても自分の望むものやそれを上回るものでないと満足できなかったり、ロクなことがないんですわ。

実際、反応らしい反応もなかったですしね。

そんなんを経て、このブログを書き出して、はじめのうちはそれまでと同じ感覚でいたんですけど、ある時ふと、ホントにふと思ったんです。

こんなにふと思ったことないぐらいに、ふと。

suzukiyasumu.hatenablog.com

そっからですね、それまでは「ブログの毎日更新」なんてものは血の滲む努力であって、自分には不可能なことだったんですけど、とりあえず日記でよけりゃいくらでも書けるなって(時間なり環境が整わないとなるとまた違ってきますが)。

そこからは、(よくも悪くも)変わらぬまま日記感覚で書き続けてる感じ。

完全に私個人のケースとしてですけど、記事を作品と捉えることは、足かせをはめられながら書くようなものでした。

(※現実的には、記事を書く時に足かせをはめられていても、おしっこに行く時が大変なぐらいで、書くことに支障はない。)

「錦織(にしこり)問題に関する提言」全文

そんな、足かせをはめられながら書いた、私の「過去記事(作品)」を晒しておしまいにします。

錦織圭が活躍し始めた頃にしたためたものですが、錦織圭同様今も色あせず、控えめにいって一箇所ぐらいは愛想笑いしてもらえる「自薦足かせ作品」です。

なんとなく雑に読み進めてきた方、ぜひゆったりと、絵画を鑑賞するような心持ちでご拝読頂けたらなによりです。

錦織(にしこり)問題に関する提言


我々ニッキ(少年隊の錦織一清)世代がこの「にしこり問題」に抱く感情を偽ることなく綴ろうと思う。

錦織圭(にしこり・けい)選手が登場してからというもの、にわかに世間を浮足立たせ続けている問題。

なぜ今ここにきて、“にしきおり”でなく、“にしこり”なのか。

それがそう、「にしこり問題」である。

違和感を感じ続けながらも、それを拭いきれないまま、否、拭おうとしないまま日々の生活に忙殺され、この問題を手付かずにしてしまった我々の責任は重い。

結果、ここにきてのにしこりフィーバーである。にしこりの成長の早さは我々ニッキ世代の想像をはるかに超えていた。


エアケイ。

とある知恵袋によれば、にしこりが放つ、滞空時間の長いフォアハンドのジャックナイフショットのことである。

今思えば、エアケイで世間がにしこりの名を認知し始めたあの頃が、我々にとってのラストチャンスだったような気がする。

今、

にしこりがエアケイを決める度に、我々の居場所がなくなっていくような、そんな寂しさがある。にしこりが世界で活躍することへの喜びとは裏腹なこの寂しさ。

にしこりに罪はない。それは我々も解っている。

初めてにしこりの名を耳にした時、

「え?にしこり?にしきおりの“きお”を略して“こ”にしちゃったの?!」

と、“にしこり”という響きになんとなく漂うコミカルさも相まって、半笑いでひとりテレビに向かってツッコんだ、あの時の自分の様を今も忘れない。

“にしきおり”という、絶対神が存在した上での半笑いである。


そんな私が、こうして笑われる側の人間になることを、私はもちろん、当のにしこりも予想だにしなかったであろう。

ただ、当時から“にしこり”と読むことへの違和感を表明するというムーブメントは、少なくとも私のまわりには存在しなかったことも事実で、そんな世間に対し、違和感に違和感を重ねた夜もあった。

私は、にしこりの人柄も知らずに、こうも思った。
長い外国生活から身に付けてしまった、はき違えたオリジナリティーにより、I am(アイアム)をI'm(アイム)と略す感覚で、元々にしきおりだったものをにしこりと自発的に言い始めただけで、本名はにしきおりのままに違いない。

 

本名、錦織圭(にしこり・けい)。私の思いはあっさりと外れた。


さて、“にしきおり”か“にしこり”の二者択一と思われたこのにしこり問題だが、とある知恵袋の回答によると、その二つの他に、「にしきお」「にしおり」「にしごり」「にしこおり」などの読みも存在するらしいのだ。

それぞれについて、言いたいことは山ほどあるが、今はその時ではない。この、とある知恵袋の回答から読み取るに、にしこりも含め、「にしこおり」以外全てにおいて、できることならひと文字でも短く済ませたい感ありありなのである。

私は、大きなヒントを得たこの回答をベストアンサーに選び、お礼にコインを30枚あげた。


いよいよである。錦織圭の台頭で本格化したにしこり問題に、今ここで終止符を打つ。

さあ、これで終わりだ。


「錦織」の読みは、全て「ニッキ」とする。

以上。


バイナラーッ!!

 

こんな感じのが、あと5個ぐらいあります。
じゃ、おやすむ〜!!

過去記事が読まれないのは「今の価値」と「自薦」にある

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どうも、林やすむ[@hayashiyasumu]です。

またやってきた月曜日。

さて。

 オジさんになると「過去記事を読んでくれ!」という欲求がなくなってくる

なんとなく思ってたこととリンクした記事。

「読んでほしい!」ってより、なぜ「過去記事」になると読まないし読まれないのか。

www.s-mono.net

個人的には、もはや「オレのこの記事読んでくれよ!」的な欲求(いわゆるひとつの自己顕示欲)、そして「面白いって言ってくれよ!」的な欲求(いわゆるふたつの承認欲求)は、いい具合にしぼんでいる。

自分の感情の大半は、どっかの誰かの受け売りであること、他人の感情は動かそうとして動かせるものではないことに気がついたからかもしれない。

(※「どっかの誰かの受け売り」だからダメってことではなく、「それほどのモンでもないから(肩ポンポン)」って自分に言い聞かせられるみたいなね。)

と、このように、「いいことを言いたい欲求」は、まだポッコリとした膨らみを保っているようだ。

まぁとにかく全部ひっくるめてしまうと、おっさんの「枯れ」の副作用なんだと思う。

なぜ「過去記事」になったとたんに価値が下がる(ように感じる)のか?

ひとしきりいいことも言えたので、話を戻そう。

なのでね、「過去記事読んでくれよ(ムキーッ)!」ってなことでなく、なぜ「過去記事」になったとたんに価値が下がる(ように感じる)のか?を考えたい。

(※なお、この記事はSEO対策とかキーワードとか、はたまた実際読まれてるかどうかさえもあまり関係なく、ただ「過去記事になったとたんに価値が下がる(ように感じる)のはなぜか?」だけの話で、よって、下の方の「こうすればいいのでは?」ってのも「心理的に読まれやすくするには」っていうベクトルだけの話であることをご了承願う)

パッと思い当たるのは「今ある情報で手一杯」であること。

内容どうこうの前に、今を片づけることの方を優先してしまうのだ。

ツイッターなどSNSのスタートページが、常に「今」であるように、複雑に入り組んだ現代社会でも、シンプルに「今」であることの価値は高い。

そして、そんな現代社会の対抗措置ともいえる「マインドフルネス」でもまた、「今、ここ」といって、心(思考)と体(現実)を「今」に置くことが重要とされるのは、どんな解釈ができるだろう。

(※ちょい前にマインドフルネスの本を2冊ほど読んだだけで、「ここでこんなん入れたらもっともらしくなる!」と思って入れてみたまでであり、考察はまったくない。)

つまり、(より本質的であるはずの)内容の価値判断より先に、「今」であるかどうかという、それこそ今すぐできる本質のない価値判断を無意識に選択してしまっているのだろう。

情報があふれ、時間の価値が高まったことで、「今すぐ判断できることの価値」が高まったとも言えるかもしれない。

ややこしいわ。

自薦を受け入れない心理ってなんなんだろうか

もうひとつ、過去記事が読まれない理由らしきものがある。

「自薦」を受け入れない心理だ。

「今日公開する記事」は、「今」書いた記事としてすんなり受け入れられるのに対して、過去記事は「過去に自分が書いた中のお薦め記事」となって、なぜだかすんなり受け入れられない。

その人のブログが面白いことを分かっていたとしても、自薦となるとなぜかすんなり受け入れない。

私自身も、他者の自薦をすんなり受け入れられない感覚はあるが、なぜだかよく分からない。

分からないなりにちょっと考えてみた。

アーティストのベストアルバム。

これも同じような構図ではないだろうか。

自分の好きなアーティストが、「この曲がベストだよ!」って言ってるのに「なんでこんな曲が入っててあの曲が入ってないの!?」なんて当たり前に思う。

好きなアーティストであっても、自薦となれば突っぱねるのである。

まぁこの場合、金払ってるとか、アーティストの意志が反映されていないケースがあることも織り込み済みだったりするので、まったく同じではないが。

過去記事は読んでもらえないものと思う

せめて一応、どうすればいいのかまで駆け足で書いておきたい。

その記事が、オピニオン的な自分の思考を中心に書いたものであれば、もう一度同じテーマで、今の自分の思考として新たに書く。

そんで、前はこれほど愚かな考えだった的に、内部リンクをはる。

過去記事があるなんてことは言わなければ誰も気づかない。

体験記みたいなものの場合、その体験による「価値ある今」を、これまた新たに書き、その記事に内部リンクとしてはる。

過去記事が読まれる読まれないにかかわらず、読んでもらうためにはもうひと記事書くしかないと思う。

結局自分で決めたい

結局「自分で決めたい」ってことなのだろう。

人間ってのは自分本位な生き物である。

ってゆーか、今日はサラッと済ませようと思っていたのに、なんだかいろいろ考えてくたびれた。

あと気になっているのは、「今」に追われて生きる大衆に、どんな未来が待ち受けているのか。

ま、そこまでは考えなくていいや。

なお、どれも面白そうだなと思いながら、実は冒頭のリンク先の過去記事をまだひとつも読んでいないことを、最後にわざわざお知らせしておく。

いや読みますから、ホントに、明日。明日ね。

じゃ、おやすむ〜!!

時間がないので「雑感」。THE雑感。

どうも、林やすむ[@hayashiyasumu]です。

日曜日の朝。

さて。

面白いブログを書くことと面白いブログを見つけることの両立をネコにせっつかれるイヌ

今日は時間がない。

なぜなら私は、面白いブログを書くこと同時に、面白い(無名)ブログを見つけることまで、某ネコ氏にせっつかれているからだ。

餅は餅屋「おもブロ(おもしろいブログ)」のことは「おもブロガー」に聞け - 自由メモ

もっと面白いブログを書けとせっつかれ、もっと面白いブログを見つけてこいとせっつかれ、自由ネコの飼いイヌというトンチなポジショニングの近頃です。

2019/04/14 05:28

b.hatena.ne.jp

ここ数ヶ月でやっとこさコンスタントに書くことに慣れてきたばかりだというのに。

ま、自分で勝手に始めたんだが。。

suzukiyasumu.hatenablog.com

読んでくれる人もチョコチョコと増えているが、そんな人たちのブログをゆっくり読むこともままならない。

いや、べつに忙しく過ごしているワケでなく、私の自由な時間は基本「子どもが寝ている時間」なので、その間にやるにしては「多いな!」って、まぁ軽いやつ。えぇカミナリでね。

そこまで疲れたりしてるワケではない。

suzukiyasumu.hatenablog.com

「フタケタの輪!」の選考基準をフワッと見直し

だである調で通そうとしたが、ここからですます調にします。

でその「フタケタの輪!」でいうと、はじめはまぁ、読者になってくれてる方とか記事にブコメとかスターとか、見えるリアクションをくれてる方ぐらいしか(現実問題として)対象にできないかな~なんて思ってたんですが、それだとなんか結局、私の読者になってくれてるような先見の明のある徘徊魔の皆さんはすでにご存知のブログだったりするような気がしちゃったりしてね。

あとは、【私自身が「読者になろうかな」って思ったブログ】っていう基準もちょっとどうかなって思ったり。

私の中では「面白いと思った」とイコールに近いんだけど、「面白い」で縛らない方がいいなと思って「読者になろうかな」って表現にしてはいるんですが、なんかまぁやっぱ「面白い」で選ぼうとしちゃう感じがあって。

べつに正式なルールを設けてるワケじゃないので、ここにサラッと書くだけですけど、「こんなスタイル」とか「こんなクセ」とかまぁ、必ずしも「面白い」に限らずに、「珍しい」とか「興味深い」とか「違和感がある」とかね、ちょっとなんか「毛色のちがうブログ」って感じの方がいいかなと思ってます。

ってなんか、よけい見つけるの難しいわ。

サラリと終わりますよ!

じゃ、おやすむ~!!

銀杏もぐら記事を言いわけし尽くす ~「OBH(おもブロハンター)YASUMU」として~

どうも、林やすむ[@hayashiyasumu]です。

土曜の朝5時。

さて。

 自由ネコイジりへのアンサー言いわけ

イジられてました。

jiyumemo.hatenablog.com

私はこういう「想い」に応えたいタイプなので、子どもが起きてくるまではしっかり受け止めてみようと思います。

おとといの冒頭での「言いわけはしない」が、意図せずフリになりましたが、すげー言いわけしたいので言いわけします。

ありのままの自分でありたいという壮大な方の言いわけ

まず、壮大な言いわけとしては「ありのままの自分でありたい」ということが言えます。

これはまぁ、記事のボリュームとか、浅さ深さ、読む人への配慮などなど、全体的な部分で「背伸びはしないけどノビはする等身大のオジさん」でありたいということです。

この壮大な言いわけを、イジられ対象となった「ぬるくて浅い方の銀杏もぐら記事」で当てはめてみましょう。

suzukiyasumu.hatenablog.com

記事の中で意図するものとして、タレントだったり対象がはっきりしているものを書く時は、読んだ人がその対象に興味を持ってくれたら嬉しいなって気持ちが一番に立ちます。

意図するものと書きましたが、湧き上がる気持ちです。

等身大です。

すると、自分にどう響いたかってのは、最低限でいいかなってなります。

「自分もなんとなくこじらせてて染みるわ」ぐらいに。

そうすることで、読んだ人は「本人のソレ」を自動的に当てはめるというか。

私の体験や想いを具体的に話して私の思い出が混ざるよりも、スーッと対象だけを自分の中に溶かしていけるというか。

やっぱり混ぜて溶かす仕事が好きなのかもしれません。

峯田氏ともぐら氏への想いはぬるいけど聴いてほしいという想いはそれなりに熱い

そして次。

実はコレ、記事にするかしないかってとこで一番迷った部分。

私、銀杏BOYZ素通りしてるんです。

するとまず、銀杏BOYZ峯田さんへの想いはゼロ。

空気階段にしても、もちろん面白いと思うし好きですけど、この情報化社会での子持ちアラフォーともなると、芸人とかタレントとか追ったりするのもうムリでして、とにかく「踊り場」を聴いているというだけなのです。

そんな状況で、ムリクリ調べたことを並べただけの記事書いてもなってことです。

等身大。

だからとにかく、「このラジオ聴いてみ!」のためだけというか。

ちょっとせっかくなんで、ここから少し幅とらせてもらいましょうか。

今回知ったことなんですけど、私この銀杏BOYZの峯田さんと同い年なんですわ。

するってえと、もうブルーハーツなんです。

ブルーハーツダウンタウン

イジり記事のリンクの「熱くて深い方の銀杏もぐら記事」の中で、峯田さんがダウンタウンに言ってたコレ。

僕の中にあるんですよ、二人が。いるんですよ二人が。

 

鈴木もぐらの恋は永遠、愛はひとつ。『空気階段の踊り場』「駆け抜けてもぐら」感想。 - 石をつかんで潜め(Nip the Buds)

アラフォー世代の男の中には、ダウンタウンがいるもんなんです。

suzukiblog.com

だからもう、銀杏BOYZ聴いてウンウンってより、心の肩組んじゃってるっていうかね、峯田ッチと。

まぁ、ダウンタウンは置いといて、ブルーハーツ

ブルーハーツを聴いて育った世代が銀杏BOYZ聴くと「ブルーハーツやん」ってなります。

これ多分、本人たちもべつに気にしてないというか、「そりゃそうなるっしょ?」ぐらいのノリだと思います。

なんかだから、そういうので思うことは、「世代」ってイイやん。ってこと。

本質的には同じことでも、世代が違えば感じ取ることが違ってて、そこから生み出されるものがまた違うものになるっつーかね。

話を戻しましょう。

貫く鈴木もぐらと貫かない鈴木(旧姓)やすむ

鈴木もぐらは、(峯田氏との関係を自分から公にすることなく)クズの美学貫いてたけど、鈴木(旧姓)やすむは(自由ネコさんに誉められたことを一週間かけてしゃぶり尽くしてて)真逆ってとこですね。

見事なまでの、エグりイジり。

これ私が枯れかけのオジさんでなければ、病んでブログ書けなくなるぐらいのエグりイジり方ですから。

これはね、まぁその通りです。

自虐として「私と真逆ですね」って一行と自由ネコさんの記事リンクをはっとくかなとも思ったんですが、ネコさんの顔が浮かんで「さらにもう一回しゃぶる」のを避けたのと、ただ単にそれを忘れたというふたつの複合的な理由からです。

あと、初見の方に味方になってもらうためにもしつこく言っておきますが、私仕事中(ビルの受付係)に隠れてブログ書いてるんですからね。

見出しつけたりアイキャッチ画像つけたり、受付の陰でスマホでやってるんですってば。

※土日(この記事)は子どもが起きてくる前の早朝3:30に起きて書いてます。ちなみにもう起きてきてるので、そろそろ締めます。

多分今回のも、コレだけではしゃぶり足りない気がするので、また明日しゃぶります。

じゃ、おやすむ~!!

私の仕事観【下の下】・不本意な職業の弊害

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どうも、林やすむ[@hayashiyasumu]です。

曇り空の金曜日。

さて。

終わると見せかけて終わらないパターンのやつです。

条件つきで「職業」に納得している

昨日までの仕事観のついでに思ったことを書いておきましょう。

自分としては納得できているので、それによって苦しめられることはないが、他人の価値観を踏まえると「恥ずかしさ」はある、と書きました。

要は、条件つきなんですよね。

「大切にしたいもの」があるからこれでいいんだっていう。

状況とセットでなら納得できてるけど、職業単品だとやっぱり納得できていない、本意ではないということ。

いや〜、複雑ですねぇ。

ただ自分の感情と向き合うってだけなら、こんだけ明確になってりゃ充分なんですが、これを抱えつつの他者とのコミュニケーションってなってくると、若干弊害が出てくるんですよね。

職業が不本意だと人と親しくなりづらい

大人になるとだいたいまぁ、「職業」って、会話のとっかかりになるじゃないですか。

勝手に「不本意さ」を抱えてるもんだから、そこでゴニョゴニョしちゃうワケですよ。

相手からすると、「聞いちゃマズかったかな」って、それ以上踏み込めなくなる。

べつにこっちは警戒してるワケじゃなくても、相手に「心のドア閉められた感」を感じさせちゃうんですよね。

で、こっちも不用意に仕事のことを聞かない。

かといって他に話題があるワケでもない。

するとやっぱり、なかなか心の距離が縮まらないんですよね。

私が落ちてきたクセがすごい求人たち

私が今までに実際に応募した求人。

革なめし工、石けん製造員、医薬品の調合スタッフ、交通標識のペイントとか、全部落ちましたけど、そういうちょっとクセのある職種がいいんですよね。

一応それぞれの職種の説明をしてみましょう。


革なめし工

海外から塩漬けで送られてくる牛や馬の皮を、溶剤の入ったデカい洗濯機みたいのにブチ込んでグルグル回して毛を溶かして、それをローラーがふたつ回ってる機械の間に通してペラペラにして干して、太鼓製造会社に送る仕事

石けん製造員

固める前の液状の石けんをグルグル混ぜる仕事 

医薬品の調合スタッフ

配合表に従って、デカい釜の中に薬品をブチ込んでグルグル混ぜる仕事

交通標識のペイント

「工事中!ご迷惑をおかけします」みたいな看板とかの色を塗る仕事

 

なんでしょう、混ぜたいんですかね。

混ぜて五時で帰れる仕事、紹介して下さい。

いやなんかね、どれも「底辺感」より「なにその職業?!」って、トリッキーさが勝るでしょう??

ネタになるし。

ハイ、それだけの話なんですけど。

自分を基準にして生きるなら自分を正常に保つ

仕事に限らずですけど、自分の価値観みたいな話。

気持ちよく生きるってのは結局、自分の心に従って価値判断をしていけるかどうかなんですよね。

思い通りになるならないでなく、結果失敗だろうが、判断を自分でするってこと。

今決めたんですけど、私の辞書に失敗という文字はないんです。

いや、入れ忘れたんじゃなくて。

失敗は失敗でなく、「経験」であり「成長」なんです。

suzukiyasumu.hatenablog.com

 んでね、基準を自分に定める以上は、自分を正常(健康)に保つことが大事なんですよ。

ちょっとしたことでワーッとなったり落ち込んじゃったりってのは、ヒトとしての標準機能がなんかしら不具合起こしてるんです。

アラ、なんかいつもこんな感じの着地になりますね。。

健康オジさん。

今日はサクッとこの辺で。

じゃ、おやすむ〜!!

私の仕事観【下】

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どうも、林やすむ[@hayashiyasumu]です。

恵みの雨の翌日のただの晴れ。

それにしても、業務の都合で人通りが多くなったのが、予想以上に執筆に影響しています。

言いわけはしない。

さて。

お互い飽きてきた感がありますが、【下】いきましょう。

分析するとつまらなくなるという分析

どうも私、変に分析しようとするクセがあるようで、【中】ではそれが出ちゃった気がします。

まぁ分析ってのは、なにかしら結果出してる人のでないと説得力がありませんわねぇ(っていうさっそくの分析!)。

でもそれって(自分自身がその一人になることもあるんですけど)「読み手が価値判断をサボってるんじゃないの?!」って思ったりもします(また分析!)。

しかしね、求められているかどうかでなく、考えて、形にして、表現する、という作業は、誰しも必ず自分のためになると思うので、皆さん各々やっていきましょうよ(止まらない分析!)。

ハイ、分析やめッ!

ビルの受付係として気をつけていること

そんなワケで、こぢんまりいきましょう。

「やりがい」も「成果物」もまったくない、ビルの受付係。

それでも、気をつけていることはあります。

初めのうちこそ(現在ビルの受付歴1年半)、こんな姿知り合いに見られたくねえなっていう「気恥ずかしさ」や、働き盛りが初老の仕事を奪ってる「虚しさ」みたいな感情は湧きました。

【上】でも書いたとおり、「仕事ごときより子どもが最優先」という意識が明確になるにつれ、さほど気にならなくなり、まして今こんなふうに仕事中に毎日ブログが書けちゃったりするようになってしまっては、むしろ「この環境を手放してはならない!」ぐらいのものになっていて、なおさら気をつけています。

まず第一に意識しているのは、「クライアントとの会社間の契約を継続させること」です。

極端な話、常にここを意識した判断をしておけば、少なくとも自分が原因で会社から「いらんヤツ」と思われることはないでしょうし、クライアント側から積極的に契約を更新しない理由にされることもないでしょう。

ただ、実際問題「明日から受付なし!」ってなったとしても、(防犯上のリスクが多少上がるぐらいで)たいして困らない環境なんです。

なので、私の役割としては「(基本いらなくない?って思ってるけど)こういう時にはいてもらわないと困るな」って思われておくこと。

外部の人が来たときに適切に案内するとか、異常を速やかに報告するとか。

他にもコマゴマあるんですが、例のごとく時間がないのでハショりましょう。

唯一、自分が原因でこの現場なり私の職がなくなるとすれば、今やってるコレ、受付の影でスマホをイジりにイジり倒していることを咎められた場合です。

はっきり申し上げて、三分の一ぐらいの人に「こいつスマホやってね?」って思われている実感が、自信が確信に変わるぐらいあります。

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 でもみんな、自分が雇ってるワケでもないし、別の会社の人だしって感じで、なにか言ってくるようなことはありません。

いかにそこをキープし続けるか。

悪い印象を持たれず、かといって特別よい印象も持たれないようにするのです。

そんなバランスを常に意識して働いています。

なんだこの話。

若い人に伝わらなくても届けるだけ届けておきたい想い

最後に若い人に向けて、伝わらなくても届けるだけ届けておきます。

まあまあいいモン持ってんじゃねえかと自分で感じて他人にもそれなりに認められつつも、なにも成し遂げられなかったからこそ、伝えておきたいこと。

自分の感覚を活かして自分が食っていくことぐらいはできると思ってました。

でも私はできませんでした。

それでも、なんとなく時代のせいにできたりもします。

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今、いろんなことがかんたんにできてしまう時代は、反面、できなければこれまで以上にできない人扱いされてしまう時代です。

だからこそ、ただ悩むだけの時間をできるだけ短く済ませてほしいと思っています。

抽象的で申し訳ないんですが、「心」でいうと、自分で気づくこと、意識すること、そして、自分でよい方向に向けて、それを続けること。

「体」でいうと、悪いと分かりきっているものを避けて、よいことは(ちょっとしたことでも)バカにせずにやること。

どっちもコレの積み重ねです。

若い頃は私も「答え」を欲しがりました。

でも、(ここまで複雑な時代になればなおさら)一発でどうにかなることなんてきっとありません。

今なにかしら悶々としてるとすれば、それは歳を重ねるごとに大きくなります。

それを大きくしないためにも、小さな抵抗の積み重ねなんです。

一個悪いモノが乗っかったら、一個のうちにどけておく。

若い頃はそれこそ「若さ」で抵抗できてたものが、中年と呼ばれる年齢になるにつれ、少しずついつの間にかできなくなっていきます。

こういう話、「どっかで聞いたことあるわ」って思うでしょう。

大事なことだから、同じ轍踏んでほしくないから、いろんな人がいろんなとこで言うんです、多分。

でね、こういうことがすんなり心に入ってかないってのは、すでにどこかしら歪んでるんです。

私自身そこまで明確にはなってませんでしたが、三十歳頃に、まず「健康」になることだなと思ったんです。

遅かったです。

遅かったですけど、それをそれこそ十年ぐらい、あれこれ試行錯誤しつつ積み重ねてきて、今なかなかの健康体になっていて、そうするとメンタルもなんかいいワケです。

そんでブログ書いてみたら、こんなふうにそれなりに読んでくれる人も増えてきて、正直すげーいい感じなんです。

なんか、サイクルがいい方に回ってるというか。

たまたまのようで、たまたまではないと思います。

歳をとってもそういうことに気づかなかったり、視界にさえ入らない人もいます。

でも、【中】でのひろゆき氏の知り合いのように、それだから不幸でもないのです。

えーっとなんだか妙なムードになってますが、もう少しで終わります。

人それぞれゴールは違います。

違いますけど、同じ時代を同じ年頃で生きていれば、同じようなことを感じているというのも真理だったりします。

ゴールの旗はささってなくても、ところどころに道しるべはあります(詩人か!)。

その道しるべをなんとなく頼りにして歩いていれば、なんとなくこれでいいのかもって、いつの間にか思えるようになったりします。

地道に、自分にとっての正しい道を歩み続けて下さい。

では。



って、わたしゃ誰なんだよ一体!!

えー、最後になりましたが、【上】【中】と、だである調できたのに、【下】だけなにも気にせず、ですます調になっていることを心より浅めにお詫び申し上げます。

じゃ、おやすむ〜!!

【下の下】もありますハイ〜↓

suzukiyasumu.hatenablog.com