ミミズだってオケラだってアラフォーだって

ビルの受付からピピッと更新中!生きづらさってより雑記

「Mr.着眼点」こと、こやまたくや氏(ヤバイTシャツ屋さん)があの曲で鳴らす「許さない社会」への警鐘

どうも、鈴木やすむ[@suzukiyasumu]です。

ビルの受付は、さほど寒くない。

この週末、久しぶりにけっこう腰が痛くて、真顔で過ごす時間が長かった。

真顔で過ごす時間が長いと、家族の雰囲気にも悪い影響を及ぼす。

私の個人的な問題による真顔が、なんとなく家族のフットワークを重くしてしまうことが実感できた。

広く見れば社会もそんなようなものかもしれない。

「小ボケにマジレスするボーイ&ガール」をツイッターで知る

さて。

私は「ヤバイTシャツ屋さん」というバンドが好きだ。

べつに、若者の音楽についていけてますよおじさんを気取っているワケではない。

ジャンル問わず、心地よいメロディやリズム、粋な歌詞にナチュラルに反応している結果だ。

そんな言い訳に割いている時間はない、なんてことはなく、そんな時間があるからこそ、こんなことを書いているのである。

続けよう。

ここで、このバンドを私が丁寧に薦めたからどうなるワケでもないので、それはしないでおく。

「小ボケにマジレスするボーイ&ガール」

この曲名をツイッターでチラ見して、曲を聞いてみた。

www.youtube.com

小ボケにマジレスすんな!小ボケにガチギレすんな!
君のリテラシー問われる 現代人よ

いつからか 何もかも 気になって 億劫になっちゃって 一切ボケるのから 逃げ出しちゃって 先回りをして 言葉選んで 選びすぎて
必要以上にモラル守るマン

嫌に敏感だ繊細だ そんなんじゃ
当たり障りのない恋愛歌ばっかになってしまうわ(そりゃそうじゃ)
誰に何に対してんかようわからへん優しさが
表現を潰す 物申すウーマン

こぼけにマジレスすんな! こぼけにガチギレすんな!
君のリテラシー問われる 現代人よ
こぼけにマジレスするボーイ こぼけにガチギレするガール
君のリテラシー問われる 現代人よ

黙っとれ! 待っとれ! そこで止まっとれ!
黙っとれ!待っとれ!お前!黙っとれ!
黙っとれ!待っとれ!そこで止まっとれ!
黙っとれ!待っとれ!お前!黙っとれ!

クレーマーがクレバーなフリしてくるから
偏差値の低い我々 すぐに丸め込まれてしまいます 悔しいな
なあ 生かすも殺すもあなた次第
揚げ足取る前に笑いを取りや
くだらないものも許そう 極力

こぼけにマジレスすんな!こぼけにガチギレすんな!
君のリテラシー問われる 現代人よ
こぼけにマジレスするボーイ こぼけにガチギレするガール
君の許容が 平和に繋がる ボケろよ 現代人よ

黙っとれ!座っとれ!そこで止まっとれ!
黙っとれ!座っとれ!お前!黙っとれ!
黙っとれ!座っとれ!そこで止まっとれ!
黙っとれ!座っとれ!お前!黙っとれ!

黙っとれ!待っとれ!そこで止まっとれ!
黙っとれ!待っとれ!お前!黙っとれ!
黙っとれ!待っとれ!そこで止まっとれー!

 相変わらずの、こやまたくや氏の着眼点。 

こやまたくやというより、もはや「Mr.着眼点」といえる。

こやまたくやなんてやめて「Mr.着眼点」にすればいい。

そもそもこやまたくやのフリをした「Mr.着眼点」なのかもしれない。

 “ボーイ&ガール” の中に潜むとんだ「ボケつぶし」

「小ボケにマジレスするボーイ&ガール」は、ひとことで言えば「許さない社会」へのアンチテーゼだ。

日頃からただ「許さない社会」を憂いているだけの出がらしの中年は、この「ネガティブだろうがポジティブだろうが想いを形(作品)にして発信できる」ことがうらやましい。

「Mr.着眼点」は、バンドだけでなく映像作家としても第一線で活動している。

先週、書き殴り倒した武井壮といい、できちゃう人はできちゃうのである。

suzukiyasumu.hatenablog.com

バンドも映像作家もボケるための口実

「Mr.着眼点」から見れば、情報あふるる現代社会は、ネタの宝庫ともいえる。

私はそんな「Mr.着眼点」を楽しみにしている。

「Mr.着眼点」もバンドだけでは飽き足らず、映像作家としてまでボケようと躍起になって活動している。

そう、「Mr.着眼点」にとってバンドだの映像作家だのという肩書は、ボケるための口実に過ぎないのである。

ボケたい「Mr.着眼点」と、それを楽しみたいオーディエンスである私とは、利害関係が一致しており、この先もそんな関係でいられると思っていた。

そんな思いとともに流れる曲の、一節の歌詞が引っかかった。

なあ 生かすも殺すもあなた次第

「Mr.着眼点」が、ボケながら「ヘルプミー!」と訴えている。

ヤバイTシャツ屋さんを支えるメイン層であるはずの “ボーイ&ガール” の中に、とんだ「ボケつぶし」が潜んでいたのである。

「Mr.着眼点」が心おきなくボケられる社会へ

誰に何に対してんかようわからへん優しさが 表現を潰す

せっかくボケたい、ボケる才能あふるる「Mr.着眼点」を、ボケさせない現代社会。

こんなニュースも、無関係ではないはず。

news.livedoor.com

コレしかし「日本語が読めない」という表現こそ、このニュースでいう「日本語が読めない」人が理解できない表現だろう。

「文脈が理解できない」とかそういうこと。

私には、本人がダメというより「教育の失敗」だと感じられる。

だからとにかく武井壮を政治家に、、っと脱線している時間はもうない。

 グイッとまとめると、せっかくの「ボケたいMr.着眼点」と、「ボケられたいオーディエンス」というwin-winの関係が、一部の「ボケつぶし」によって壊されしまいかねないというお話なのであった。

じゃ、おやすむ~!!

「武井壮に政治家になってほしい話」の道のりとその理由【余談】

どうも、鈴木やすむ[@suzukiyasumu]です。

 ビルの受付は雪が舞っている。

しかし、武井壮(敬称略)の記事の書きすぎで寒さは気にならない。

武井壮は防寒対策にもなるようだ。

さて。

【完結編】で終わりのつもりがまだある。

結局今週は、すべて武井壮になった。※武井壮政治家シリーズの記事は、一番下に並べておく。


思いつきで「政治家になるための3大要件」という話の進め方にしたことで、私の中の「武井壮」観でハショった部分があるため、ここでそれを出し切っておしまいにしたい。

知名度」「仕事ができること」に加えて「思いやり」まで兼ね備えている人は、武井壮ぐらいしか見当たらないという話。

「思いやり」の部分が堀り下がっていない気がするので、ザクッと掘り下げたい。

武井壮のそれ系のツイートは、基本的にとても青臭い。


ツイートだけを切り取れば、「フンッ」と鼻で笑いたくなるだろう。

武井壮の歩みを知ると変わる。

【後編】にも書いたように「陸上の十種競技の日本チャンピオン」と「タレントとしての活躍」という、普通なら一生かけたってどちらかひとつさえ叶えられなくて当たり前な目標をそれぞれ叶えている。

現在の活躍の通り、陸上の実績ありきのタレントではない。

こちらも【後編】で既出のこの動画を見れば、タレント業も一か八かで乗りかかったワケではないことが分かる。

youtu.be

そのへんのなんでもないヤツが「ムリでしょ」って笑って済ませることを、信じて叶えてきた人間の言う「やろうぜ!」なのである。

それを知れば、たとえ「自分にはムリ」と思ったとしても、せめてその言葉を信じたり、応援したりするだけの価値のあるメッセージだと私は感じる。

斜に構えたおっさんより、ただの青臭いおっさんでいたい。

そんな「実」のともなったメッセージに、私は「思いやり」を感じるのである。

期待の理由を補完する要因がもうひとつある。

武井壮が、ショートスリーパーであることだ。

ja.m.wikipedia.org

その睡眠時間の短さ、驚きの一日45分。

検証するテレビ番組を見たことがあるが、本当に本当のようで、日中の活動にもなんら影響はないらしい。

コレつまり、並外れた行動力や精神力を持ちながら、一日の活動時間が普通の人の1.5倍あるということなる。

一生かけても叶えられないようなことを、二度叶えてしまえることに合点がいくし、ここまでの経緯を知れば、今の「一タレント」というポジションで満足する男ではないと思うのは、私だけではないはずだ。

ではこれで、余りすぎた余談を終わりにさせてもらう。

んじゃ、おやすむ〜!!

suzukiyasumu.hatenablog.com

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「武井壮に政治家になってほしい話」の道のりとその理由【完結編】

どうも、鈴木やすむ[@suzukiyasumu]です。

ビルの受付は今日も寒い。

今週はなかなかの寒さだが、終始武井壮(敬称略)の記事を書いていたので、あまり気にならない。

さて。

前編・後編に渡り、書き殴り倒してきた。

suzukiyasumu.hatenablog.com

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正直自分でも、これだけあーだこーだ考えた上で導き出された武井壮だったのかと思うと、なんだか感慨深い。

が、実はまだもうちょっとだけ書き足りないのだ。

今回は、武井壮がどうというよりも、「これからの世の中で求められる政治家像」みたいな話。

私の提唱してきた、政治家になるために必要な3大要件を必要な順番に。

知名度
「思いやり」
「仕事ができそう」

で、前提条件として「本人にその気がありそう」であること。

政治の世界にいなかった人が政治家になれば世の中変えられるかもよ、ってな感じで書いてきた。

今回は、政治以外の世界の「ジャンル」から読み解いてみたい。

まずは、アスリート系。

タレント武井壮も系統でいえばここに入る。

イチロー為末大、あとは、ダルビッシュ有とか、つい先日アマチュア野球の指導法などについて会見してた筒香選手とか、ボクシング連盟批判の村田諒太選手とか。

アスリート系のよいところは、老若男女問わず、世界レベルになれば国籍さえ問わずみんなが知ってる、しかもポジティブなイメージの存在になれることだ。

本業さえ極めればそんな存在になれるというのは、スポーツという分野の特権かもしれない。

実際、オリンピック選手やプロレスラー議員はいるが、いかんせんバカっぽい。

それでもアスリート系から政治家というルートがなくならないのは、こういうことじゃないかと思う。

自分たちもやってた、野球やサッカー水泳などなどを、がんばってがんばってがんばって頂点まで登りつめた。

身体ひとつで努力を重ねた自分と同じ種類の中のすごい人、みたいな(勝手に感じてる)仲間意識から、スポーツの時と同じように応援したい対象になる。

それでいうと、IT系や起業家、経営者なんかは厳しい。

元々ポテンシャルが高くて、経済的にも恵まれてる、自分とは違う特別な人という初期設定になる。

「身体を使ってがんばった人」は応援したくなるのに「頭を使ってがんばった人」は妬むのが大衆、というより人間という動物の本能なのかもしれない。

IT系や経営者は、「思いやり」の点でも不利だ。

どうしたって、まず第一にお金のことや効率を考えていると思われてしまう。

それが政治の実務で役立つと分かっていても、イメージはマイナスになる。

常識をブチ壊したい次世代系。

キンコン西野、オリラジあっちゃん、ウーマン村本も忘れてた。

みんな芸人になってしまったが、そういうくくりというワケではない。

このジャンルでいえるのは、【後編】でも書いた通り、「他人より自分」が強い。

そして、エネルギーが不満から生まれていること。

さぁ、だいたい満足したし、ちょっと疲れてきたので、締めに入りたい。

結局のところ、ジャンルからいくと「アスリート系」が圧倒的に有利だ。

偏りのないポジティブな知名度があることがなにより大きい。

それ以外は、個人の資質によるところだが、「知名度」に加えて「思いやり」さえ伝えられれば、「仕事ができる」かどうかはほとんど問われないだろう(※あくまで政治家に “なる” ためなので)。

他のジャンルは、アスリート系に比べてケアすべき点が多い。

ま、とにもかくにも政治家というのは、なりたい人が目指すものではなく、なってほしい人がなるものであるべきなのだ。

そういう意味でも、なんでもない一般庶民が、政治以外のジャンルで生きている人に「政治家になってほしい」と望むこと、それを表明することは、なかなか意義のあることのような気がしている。

最後に、自由ネコさんの記事にも改めて乗っかっておきたい。

gattolibero.hatenablog.com

私の武井壮は本気のやつだが、もっとファンタジックに「政治家になってほしい10人」選出(順不同)!

1人目 タモリ

日本のお昼を担い続けた、圧倒的な知名度と信頼感。タモさんの言うことならだいたい合ってそう。

2人目 有吉弘行

政治の世界でもう一回あだ名づけからのし上がってほしい。で、言いたいこと言ってほしい。

3人目 貴乃花

とにかく面白そう。

4人目 吉永小百合

今いるジイさん政治家たちが言うこと聞いちゃいそう。

5人目 菅田将暉

考え方とかまったく知らんが、自由にやってみてくれ。

6人目 DaiGo (メンタリストの方)

安倍総理の色々を見破る国会中継が見たい。

7人目 ビッグダディ

裏側を特番で見たい。

8人目 江角マキコ

ビッグダディついでに思い出したのでつい。

9人目 萩原健一

大麻解禁に全力で取り組みそう。

10人目 指原莉乃

急に思いついたが、本当にいいかもしれない。


以上!

おやすむ〜!!

「武井壮に政治家になってほしい話」の道のりとその理由【後編】

どうも、鈴木やすむ[@suzukiyasumu]です。

ビルの受付は今日も寒い。

さて。

昨日の続きだ。

suzukiyasumu.hatenablog.com

 政治家になってほしいと願う対象が、この地球上で、なぜ武井壮(敬称略)なのか?

私の無垢な赤子のごとき政治観から、政治家になるための必要要件が大きく3つある。

今の世の中、公的な情報をすべての国民に周知することさえままならない。

あまり本質的でない気がするが、とにかくまず、知られていることが最重要要件だ。

特に、対象に特別興味のない庶民にどれだけ知られているか。

そこにおいて、武井壮はギリギリクリアぐらいの知名度かと思う。

家入一真さんは、やってることでいえば、これから挙げていく有名人たちの誰より具体的に世の中をよくしようとしていると感じるが、大衆の知名度が足りない。

実際に、都知事選に出馬したり政党を起ち上げたりしているが、まずそこを克服してからでないと難しい気がする。

2つめに、正論を語り、解決策まで描けて、しがらみや忖度なしでそれを表明できること。

簡単に言うと、仕事ができるかどうかだ。

ここまでなら、前澤社長やホリエモン、他にも、イチロー為末大あたりの理論派系アスリートや、古い常識にうんざりしている、キンコン西野やオリラジあっちゃんなんかも残していいかもしれない。

で、3つめは・・・

思いやり!

私の無垢な赤子のごとき政治観から、選挙に勝つために必要なことの中で、最も軽視されているのがコレ。

ここで、唯一残るのが、武井壮なのだ。

選挙に勝つ≒大衆を味方につける

大衆は、「あまり知らない仕事のできそうな人」よりも「愛想のない有名敏腕仕事人」よりも、「知ってるやさしそうな人」を選ぶ。

たまたま今読んでる本にも、こんなことが書いてあった。

国会議員の選挙がありました。
当選者と落選者から各1人をランダムに選び、選挙結果を知らない人に写真を見せ、どちらが信頼できそうな人かを訊きました。
見かけ上の信頼度と当選確率にはどのような関係があったでしょうか。

①信頼できそうな人ほど当選率が高かった
②信頼できなさそうな人ほど当選率が高かった
③信頼度と当選率は無関係

答え
①信頼できそうな人ほど当選率が高かった

選挙では、信用できそうな外見をした候補者に票が集まります。わずか1秒間でも写真を提示されれば、どちらが当選者かを70%の確率で当てることができます。

〜中略〜

「誰がよい政治家か」という問いに完璧に答えることは不可能です。そんな時、より安易な問いである「誰が信頼できそうか」にすり替えて対応します。

【自分では気づかない、ココロの盲点 完全版 本当の自分を知る練習問題80 (ブルーバックス)】

 この場合「見た目」ではあるが、「信用できそう」という見た目からのイメージで当選確率が大きく左右されるということだ。

順番としては、知ってることの次に、思いやりがきて、仕事ができそうかどうかという、本来最も重要であるはずの要件は、まさに二の次三の次になる。

ホリエモンには、圧倒的に(イメージとしての)やさしさがない。

「俺が全部考えてやるからバカは黙って見てろ。」では、大衆は寄りつかない。

ってゆーかホリエモンはそんなこと言ってない。が、読んでて違和感はなかったと思う。

それがイメージってものだ。

やはり、選挙に出て落選している。

前澤社長も近頃は、積極的に思いやりアピールに努めているが、元々そういう人ではなさそうなのは、私程度の庶民にも透けて見えている。※むしろ「送料タダだと思うな」の頃ぐらいの正直なままでいいのにと思う。

イチロー為末大は、武井壮と似た系統ではあるが、「自分はコツコツ積み重ねてここまできた」ってとこまでしか感じられない。

つまり、「やるしかないよ」「やらない人のことは知らないよ」と受け止めてしまうのだ。

勝手な弱者的変換かもしれないが、今の世の中、大衆の多くは弱者的だ。

武井壮には、理由もなにも聞かずに「とにかく一緒に行こうぜ!」って、弱者であればあるほど手をひっぱってくれるイメージがある。

そう、大衆にはイメージがあればいいのだ。

ひとつ付け加えると、3大要件の前に「本人にその気がありそうかどうか」は大前提になる。

イチローで見てみよう。

イチロー杯という少年野球大会の主催を続けていることや、そこでの少年たちへのスピーチ、古巣オリックスや故・仰木元監督との関わりなどから、野球界に限れば、貢献しようという思いやりを感じさせる部分はある。

しかし、マスコミ嫌いや、チチローとの確執など、野球のくくりがなくなると、どこか冷たい印象になる。

これらも、もちろんイメージだ。

この辺りから、現役のアスリートなので当然といえば当然だが、イチローにはその気はないだろう。

キンコン西野やオリラジあっちゃんには、また別の角度から、思いやりのなさを感じる。

「こんなことを考えてて、こんなふうに発信できちゃう俺どう?」が強すぎる。

他人より自分なのだ。

そんなことで、残るのが武井壮になる。

私は、特に武井壮を年中追っているワケではない。

なんならツイッターをフォローして一ヶ月も経っていない。

タレント武井壮との接触回数も、少ない方だと思う。

なのになぜ、武井壮をそこまで信頼しているのか。

ベースはファーストコンタクトにある。

私が武井壮を知ったのは、武井壮が百獣の王を名乗ってテレビで活躍しだす前のこと。

アンタッチャブル柴田のピンのラジオ「LINDA!〜今夜はあなたをねらい撃ち〜」への電話出演である。

当時から武井と親交のあった柴田が、一般的にはまったく無名といっていい武井のことを「メチャクチャ面白い人がいる」と、ラジオで度々話していて、直接話を聞いてみようって流れだったと思う。

内容は全然覚えていないが、電話をしたらなぜかコンビニにいて、受け答えは若干ワイルドで今よりも百獣の王な感じだった。

確かに、面白い人で、ウソのない人っぽいなという印象。

そして、つい最近たまたまYouTubeで「オトナの学校」という動画を見た。

www.youtube.com

その中で話していた、当時のことと思われる内容。

知り合った芸人さんたちと一緒にご飯を食べに行くようになり、会う人会う人を笑顔に変える話術に感動して、自分も人を感動させるような話術を身につけたいと、食事中の会話をICレコーダーで録音しては帰りの車で聴いて研究するという日々を8年(!)続けたとか。

これが、点と点が線になる感覚といおうか、十種競技チャンピオンと、タレント武井壮としての活躍の二度、目標のために努力を積み重ねて実現するというプロセスを成功させたのである。

コレつまり、今もなにかしらの目標を見据えてそのための努力を積み重ねている最中である可能性が高い気がしないだろうか?

目標の変遷も、「自分自身の身体能力の追求」から、「人を感動させたい」ときたら、「世の中をよくしたい」となるのは必然ではなかろうかというのが、私の推論そして、期待につながるのである。

これだけ並べ立てておいてナンだが、武井壮ならすべてを兼ね備えていると言っているわけではない。

ただ大衆の一人として、そんなイメージを持っているという話だ。

じゃ、おやすむ~!!

 

「武井壮に政治家になってほしい話」の道のりとその理由【前編】

どうも、鈴木やすむ[@suzukiyasumu]です。

 週末雪の休み明け、ビルの受付は冷え切っている。

さて。

ここのところ感じている、「武井壮(敬称略)に政治家になってほしい」という気持ちをチビチビ漏らしていたところ、私も参加する、はてなブログ【シニア部門】 - はてなブログ グループの創設者でもある自由ネコ (id:gattolibero)さんが、記事にしてくれていた。

gattolibero.hatenablog.com

そんなことで、武井壮に政治家になってほしい理由を説明しておきたい。

と、多分だが、すでにここで「政治の話か・・・(しかも空想の)。」ってな感じでブラウザを閉じかけている人も多いと思う。

ひとこと言っておくと、そんな姿勢が今の日本、そう、あなたがヒィヒィ言いながら日々をやり過ごしているその人生を、自ら選択しているのかもしれないってことだけ、肝に銘じてほしい。

どういうことかって?

政治を避けちゃう、分からないこと、つまらない(と感じる)ことを面倒臭がって向き合わない姿勢だ。

なんか、いきなりツラく当たってゴメン。

そんなん言いながら、私の方こそ衆議院参議院の違いも分からない、つまらない学校の勉強と向き合わなかった高校中退の成れの果ておじさんだ。

さぁ、冒頭からたらたら余談を失礼つかまつった。

そしたらまず、ものすごく簡単に(と思ってたが長くなった。。)「政治家・武井壮待望論」に行き着くまでを辿る。


生きづらいいとも!というサイトを始める

いろいろ書いてたら、生きづらさの本質に気づく

生きづらさとは「自分と社会とのズレ」
※「やりたくないけどやる」の慢性化的な。

でも自分に社会は変えられそうにない

個人としてできるのは生きづらさに気づいて、そんな社会をいかに避けるか
※生きづらいいとも!ではココに焦点を絞っている

でも社会にもよくなってもらいたい

政治でどうにかなる?

(政治家の顔を思い浮かべて)ならない。。

他にも頭のいい人いっぱいいるだろ

何してんの?

画期的なサービスとか商品生み出したり、本書いたり、ツイッターしてるみたい

なのに社会は変わってない。ってゆーかユルユルと悪い方に向かってる雰囲気。
(※テクノロジーとか経済的にって話でなく、人間の精神的なとこで)

頭のいい人たちがいくら画期的な商品やサービスを生み出しても変わってない、ってゆーかみんなそんな動きすら知らなくね?

そんなんをここ十数年やってきてて今の感じだとすると、商品やサービスから社会を変えるってキツくね?変わるとしてもあと何十年かかる?

いやホントに、社会を変えるってどうすりゃいいの?

ルール上、社会を変えられやすいってなると、、やっぱり政治家?

(政治家の顔を思い浮かべて)いや、でもムリか。。

ん、待てよ?ちょ待てよ。

思い浮かべた政治家の顔が違ければ、まだ可能性あんじゃね??

お、誰か社会を変えてくれそうな人いるかな?

ホリエモン?前澤社長?はたまた家入一真さんとか?

う〜ん、なんかビタッとこないな。。

あ、武井壮いいんでない?!

だ。

相当にハショってこんな流れ。

そんなワケで、社会を変えるのはなんだかんだで政治が手っ取り早くて、それを、今政治のシーンにいない人に任せたら、けっこう世の中変わるんでないの?ってこと。

私の無垢な赤子のごとき政治観からの推察なので、やさしく扱ってほしい。

すべてひと記事にまとめたかったが、ビルの受付からコソコソ書く許容量を超えてきたため、本日はここまでにしよう。

次回、「なぜ、この地球上で武井壮なのか。」

※はい後編↓

suzukiyasumu.hatenablog.com

じゃ、おやすむ〜!

 

ザッーとひと息で読んでほしかったので貼らなかったリンク↓

suzukiblog.com

こんなんもどさくさ関連記事↓

suzukiblog.com

祝!キートン「メガネびいき」出演。あのネタを見たおぎやはぎ矢作の審査結果に感じる芸人愛

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どうも、鈴木やすむ[@suzukiyasumu]です。

 今日もビルの受付は心地よい寒さだ。

明日(最高気温1℃&雪の予報)がお休みでよかった。

さて。

いつも通り3時半に起きて、歯みがき・洗顔・寝癖直し・炊飯器セットを済ませてツイッターを覗くと、バドガールおぎやはぎのスリーショット!

なんとなんと、「おぎやはぎのメガネびいきTBSラジオ)」に、渦中のキートンさんが出演した模様。

suzukiyasumu.hatenablog.com

まるで我が事のような喜びとともに、ラジオを聞いた。

なんとなく、「最後に乱入」ぐらいの出演かな〜と予想していたら、けっこうな序盤から、けっこうな長時間に渡る出演。

単なる賑やかしにせず、かといってネガティブな空気を広げることもせず、キートンさんの(貴重な)ネタ以外のキャラクターをリスナーにただ伝える。

あくまでも「勝手に来た体」を崩さず、最終的にネタを披露したあとの矢作(敬称略)のひとこと。

「俺が審査員なら・・・、泣く泣く落とすね」

なんかもう、じんわり涙ぐみながら爆笑。。

芸人愛を感じる。

おぎやはぎキートン

事務所は違う、共演も(ほぼ)なければプライベートでの交流もない。

売れているかどうか、仲がいいかどうかでなく、芸人として持っている「何か」を認めているからこそのキートンさん出演。

おぎやはぎ、そしてメガネびいきスタッフ、やはり粋だ。

いやはやなんとも、とにかく晴れやかな気分である。

さてと、武井壮(敬称略)に政治家になってほしい話は、週明けにしよう。

じゃ、おやすむ〜!!

 

芸能人を呼び捨てにする時代は終わったのかもしれない

どうも、鈴木やすむ[@suzukiyasumu]です。

 ビルの受付は、雨上がりの晴れで気持ちがいい。

さて。

武井壮には、政治家になってほしいと思っている。

その前に、今武井壮って書いて思ったこと。

芸能人・有名人を呼び捨てにする時代じゃなくなってきてるような気がする。

キートンさんの記事を書いた時も実はちょっと思ってて、途中からさん付けにすることに、わざわざしてみた。

suzukiyasumu.hatenablog.com

簡単に言うと「テレビの中の人」ってだけじゃなくなってきてるから。

ひと昔前ならその線引きで、別世界の人というか、物語の登場人物みたいな扱いで成立してたのが、まぁ完全にSNSの影響で、リアルタイムで双方向につながってる感覚になった。

同じ地球に生きてる人、今この時、同じ日本に生きてる人になった。

するとまぁ、かかわりが濃くなった気になる。

そう、気のせい。

気のせいを軽視しない、と昨日書いたばかりだ。

suzukiyasumu.hatenablog.com

かかわりの感覚の変化を感じているのは、我々一般人の側だけではないと思う。

若干飛躍気味かもしれないが、嵐や西野カナの活動休止も、安室ちゃんの引退も、そんな感覚が要因のひとつになっているのではないだろうか。

一般人からすると、芸能人一人に対する濃さの変化なので分かりやすいし基本ポジティブな要素になるが、芸能人からすると、(本人が気づいていなくても)不特定大多数の一般人とのかかわりがほんの少しでも濃くなるワケで、精神的な負担は計り知れない。

加えて、これまでなら、ライブやイベントなどに訪れるファンか、自分が直接会った人が主な一般人とのかかわりで、その多くはポジティブなものだったのが、SNSでの薄いつながりとはいえ、自分のことが嫌いだと表明する無数の人とも、かかわらないわけにはいかない時代になってしまった。

せっかくつかんだスターの座であっても、そんな境遇から離れたくなるのかもしれない。

現状は、SNSやブログなど、ネットを活用しない芸能人の方が珍しいぐらいになっているが、少しずつ潮目が変わっていくのではないだろうか。

さて、急に思い立ってズラズラ書いてきたが、いくらかかわりが濃くなった(気がする)といっても、テレビを見ながら「出川さんのリアクション最高だな〜」なんてやっぱり言えない。

せいぜいこんなふうにブログに書く時は「さん付け」しようかな、ぐらいか。

そう、そんなところ。

なお、武井壮さんに政治家になってほしい話は明日にしよう。

あ、このフルネームにさん付けの不自然さも、どうしていいか迷う要因になってる。。

すると、、分かった。

初出時に、武井壮(敬称略)ってする。

これだ。

そうだ、これだ。

うん。

じゃ、おやすむ〜!!