とある本とテレビに学んだ「促し」で掃除のジジイとのトラブルを回避した
朝出勤すると、いつもなら(私が開けるまでは)閉まっているはずの受付前のシャッターが無人のまま開いていた。
ビルに入っている会社の都合で、時間外にシャッターを開けることもたまにあるので、いきなり緊急事態というほどのことではない。
念の為、請負元の管理責任者に確認したところオナカさん(掃除のジジイの仮名)から、「工事のせいで通用口から台車が出せない」との訴えがあり、シャッター開放を認めたとのこと。
ただ、私の出勤まで開けたままだったことについては、話しぶりからどうやら渋々OKしたようであった。
ジジイに手を焼いているのは私だけではない。
ジジイのゴミ出しから私の出勤まで、時間にして数十分のこと(要はそれぐらい開けっ放しでもいいだろというジジイのめんどくさみによる行動)とはいえ、防犯上問題があるのはもちろん、受付を無人にしておくこと、それはすなわち、誰もがなんとなく感じている「受付係いらなくね?」問題について、再考の機会を与えてしまいかねない愚行なのである。
私個人はもちろん、会社としても契約がなくなるリスクが増すなどということを、ジジイは考えない。
目の前の自分の作業のジャマになるかどうか、その瞬間の感情ですべてが決まる。
ジジイと共に時を過ごせば過ごすほど、「歴史に生まれた歴史の男」山根会長イズムをビンビン感じる。
公道だろうとどこだろうと、自分の歩く道は「自分の道」となり、よけないどかない。
共用だろうとなんだろうと、いつも自分が自転車を停める場所は「自分の場所」となり、別の自転車があろうものなら、誰よりも早く気づき、遠くへどかす。
さて、そうはいっても工事期間中シャッターを開けたままにするのは、なにかと問題が多い。
こんな時のために読んでいたのがこの本。
イルカのトレーナーがイルカをジャンプさせるための方法を書いた本だ。
イルカをジャンプさせるかのごとく、ジジイにシャッターを閉めさせなければならない。
これまでの私なら、ジジイを見つけたとたんに有無を言わさぬ物言いで、「オナカさん、シャッター閉めといて下さいね」などと言い放ち、ジジイはジジイで「知らないよ」とトボケてその場を立ち去る、そんな、お互いにストレスをチャージし合うだけの、底辺職場によくある不毛なやりとりをまたひとつ積み重ねるだけだっただろう。
しかし、今の私はイルカをジャンプさせる方法を知っている。
直接的な指示・命令は何の役にも立たない。
イルカ(ジジイ)に言葉は通じないからだ。
言葉でなく、自発的に行動するための「きっかけ」を与えて促すのが、ジジイトレーナーの私に課せられた仕事である。
当人にとって好ましいきっかけを「好子(こうし)」、好ましくないきっかけを「嫌子(けんし)」と呼び、そのどちらかをトレーナーが働きかけることで、望ましい行動を促す。
たとえば、分かれ道を右に行かせたい場合に、好子を使うとすると、右に(ジジイの好物である)生クリームを置いておけば、生クリームを食べたいジジイは自分から右に行く。
嫌子を使うなら、左にウンコを置いておけば、ウンコを踏みたくないジジイはやっぱり自分から右に行くのである。
求めて右に行くのか、避けて右に行くのか、その「好子or嫌子」のシチュエーションを整えることで促してやればいい。
と、もちろんそんなことはまるで考えていなかった私は、現れたジジイにこう言った。
「シャッター開いてたのって、工事の都合かなんかですか?」
ひとまずは、なにも知らない体でジジイの出方を伺う。
するとジジイが、そこに一切の思考も感情もない見事なまでの脊髄反射でこう返した(※前回の記事で初めて使ってみた脊髄反射というワードを、さっそくまた使ってみた)。
「あぁ、〇〇さん(責任者)が開けておけって言ったんだよ」
おなじみの完全なるウソだ。
さしづめ、「責任」という嫌子を避けるために「ウソをつく」という行動を(意図せず)促してしまった新米ジジイトレーナーの私、といった様相である。
さてどうする?
こんな時のために、この日の朝いつも通り午前3時に起きて見ていたテレビがコレ。
ふたりの旅路酪農大家族 26年の記録|NNNドキュメント|日本テレビ
農家の大家族の「NNNドキュメント」。
(※余談だが、この週はザ・ノンフィクションも大家族で、居酒屋店主の親父がラストでコロナに感染して片岡元コーチみたいに病院のベッドで酸素マスク姿になってた。片岡が自身のYouTubeチャンネルで闘病姿を公開したのをニュースで見てて、動画の最後に「チャンネル登録はこちら」って下を指さしてたら面白いのになと妻に話していたのは、片岡が回復した今となってはよい思い出である。しかしノンフィクションのディレクターは心配しながらガッツポーズしたんではないだろうか。次週に続くのでお楽しみに!)
と、これまでの私なら、ニヤニヤと鬼の首を取ったように「〇〇さんから聞いてますけど?」なんつって、マゴつくジジイの反応を楽しんだかもしれない。
番組の中で、物静かな妻が夫に言っていた言葉が私を踏みとどまらせた。
「お父さんはね、言い方がよくないの。俺の言うことが正しいんだから言うこと聞けって、いつもそういう言い方なの」
まさに自分に言われているようで、午前3時にガハハ苦笑いしてしまった。
このオヤジの気質とか、家族からの扱われ方(やってることの割にイマイチ慕われてない感じ)とか、すげー自分と重なってなんだか切ない。
私は、オナカさんのウソを思いやりでスルーした。
「なにがあるか分からないし、閉めておいた方がいいですよねぇ」
開けておけと言われた体で(トボけて)いるジジイの(ウソの)立場を尊重しつつ、管理責任者の無責任な指示に難色を示すことで、(直接的な指示・命令をせずに)ジジイに行動を促した。
「そうだな。〇〇さんに閉めた方がいいって言っておくよ」
ジジイは、自分のウソをすぐさま自分で回収し、気分よさげに去っていった。
私の「促し」が、「上長としてのカッコつけ」という好子を選択させたのである。
思わぬ本とテレビからの学びにより、言い方を改め行動を促すことで、お互いにストレスを溜めることなく今回の件を片付けることができた。
まだジジイとの関係が悪化する前、ジジイが足を引きずっていたので理由を尋ねると、「俺生クリーム好きでさぁ、昨日食べたんだよ、シュークリーム。そしたらこれだよ」
痛風だそうだ。
個人的には、これぐらいのコミュニケーションを取れる関係に戻れたらいいなと思っている私もいる。
でももう叶うことはないだろう。
あなたのビルに、たまに足を引きずってる掃除のジジイがいたら、それがオナカさんかもしれませんよ。
~ エピローグ ~
最近ビルに「建物の裏でタバコを吸ってるヤツがいて迷惑だ」と、となりのビルからクレームが入った。
犯人はジジイである。
ゴミ出しのあとすぐに戻らず、中途半端に時間が空く時が一服タイムだ。
状況的にそんなことが可能な人間はジジイの他にいない。
四月からビル内が全面禁煙になり、喫煙者は各々が見つけた、肩身狭くもタバコを吸える屋外喫煙スポットにイソイソと出かけて行く。
クレーム以降、ジジイも喫煙所ジプシーの仲間入りだ。
大雨の日でも、午前中、昼食後、午後の一日3回、チャリンコに乗ってまで出かけて行く。
そんなジジイの背中を冷めた目で見送るのが、最近の私の日課だ。