ミミズだってオケラだってアラフォーだって

ビルの受付からカリッと更新中!サクッと読める香ばしい雑記です

桜庭和志がホイス・グレイシーに勝った頃の日本のムードがよかった

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蝶野の顔に立つ渕


さは

木曜日。

お笑い話の次は、なんとなく昔話。

渕正信蝶野正洋の顔の上に乗って立つ

私はまぁ、プロレスファンの兄の影響で深夜の全日本プロレス中継だけ見て、新日のチャラついた雰囲気にはイマイチのれない感じの、ファンとまでは名乗れないぐらいの人でした。

渕正信が、倒れてる蝶野の頭に(高田コーポレーションみたいに)乗って立った瞬間が、私のプロレス名シーンです。

おやきはアレを参考にしたのかもしれませんよ。

suzukiyasumu.hatenablog.com

 銀座のデパート常駐警備の勤務中に、閉店後の売り場通路に落ちていた号外で、ジャイアント馬場の死を知りました。

高田vsヒクソン戦で高田延彦の足がシビレて動けなくなってるのを見抜いたはずの私

まぁそんなのの延長みたいな感じで、総合格闘技が盛り上がってきた頃もだいたい見てました。

高田延彦vsヒクソン・グレイシーで、けっこうな時間上に乗られて膠着状態が続いたあと、動けなくなってる高田を見て「足シビレちゃったじゃん!」といち早く見抜いて(お葬式の時の正座とリンクさせて)爆笑してたのが、私の総合格闘技名シーンです。

と思ってサクッと動画見てみたんですけど、全然そんな展開ないんですよ。

私の記憶は幻だったんでしょうか。。

桜庭和志グレイシーの腕をキメてニヤニヤしてる

で、桜庭ですよねぇ。

どのグレイシーだったか忘れましたけど、桜庭がロープのとこでグレイシーの腕キメながらニヤニヤしてるシーンとかね。

あのオレンジのKSパンツとか、マスクかぶって入場とか、ヒクソンの手をブラブラやる呼吸法みたいのとか、グレイシー一族どんだけ出てくんだよとか、なんか全部がワクワクさせられましたよね。

ガンバレニッポン!的なね。

なんとなく日本がまだいい空気だった気がする

でなんかあの頃の、半年スパンぐらいで次は誰と誰が戦うんだっていう楽しみな感じとかね。

年末のテレビがたいがい格闘技だった頃。

ちょっとした楽しみが継続してるのっていいですよね。

あの頃ぐらいって、まだ日本なんとなくいい空気じゃありませんでした?

そうでもないですかね??

世の中全体の雰囲気がどうなんてまったく考えてなかったんで、思い返してもよく分からないんですけど。

なんかそんな気がするんですよねぇ。。

まだけっこう活気がありませんでしたかね。。

単なる、昔はよかった系おじさんになっちゃうんでしょうか。

あそうか、やっぱりインターネットなんですかね、勝手に周りの空気とか感じ取ってメンタル引きづられちゃうような。

なんかあの頃から少しずつそんな感じになっていった気がしますねぇ、振り返ってみれば。

あの頃みたいな気分のままで日々を過ごせてれば、それほどくたびれずに生きていけてたんではないかとか。

結局は、(ちょっとした世の中の変化はあるにしても)自分の心持ち次第でそれなりに楽しく生きていけるもんなんですかねぇ・・・。

どうなんでしょうねぇ・・・(遠い目)。。

じゃ、おやすむ。。

デルマパンゲの「若い頃の美川憲一」と金属バットの前髪と永野の「クワバタオハラがおったらそこはもう大阪や」

さてとポテト、林やすむ[@hayashiyasumu]です。

なんかイマイチな水曜日。

先々週あたりのネタパレ(フジテレビ)で初めて見たデルマパンゲ

10連休あたりから、体調メンタルともやっぱりど〜もパッとしない。

そんな時は、殺人犯の話よりお笑いの話をしましょう。

多分先々週ぐらいのネタパレ(フジテレビ)って番組。

ネタをテンポよく見せてくれるので、撮りためたテレビ番組にくたびれている私にやさしい。

suzukiyasumu.hatenablog.com

けっこうな売れっ子から、ある程度売れていったん落ち着いてる感じの中堅芸人あたりのネタが中心なんですが、時々聞いたことない人たちも出てきて、全体的にたいして期待しないで見るんだけど、結果意外と笑ったな、みたいな番組。

デルマパンゲの「駆け出しの頃の美川憲一」のネタ

で、デルマパンゲ

駆け出しの頃の美川憲一がレコーディングでプロデューサーにダメ出しされるっていうコント。

今、美川憲一って。

しかも駆け出しの。

モノマネがうまいってワケでもなく。

もう設定だけで、分かりやすいぐらいグイッてひき込まれちゃいましたわ。

さそり座の女」のレコーディング中なんですけど、冒頭からいきなり止められるんです。

歌い出しが「いいえ私は さそり座の女♪」なんだから、その前になにかしらのやりとりがあるはずだろ?それを踏まえて表現できねえのか!って、プロデューサーにキレられるの。

駆け出しの美川憲一が。

ものすごい新人扱いされて。

っていうコント。

テレビではコンパクトになってましたけど、もっと長いはずです。

動画あるかと思ったらありませんね。

今、思いつきでビルの受付でコソコソ書いているので、他のネタとかも全然見てませんけど、代表作が「駆け出しの頃の美川憲一」だとすると、他にもヘンなネタ山ほどありそうなので、今後の活躍が期待されます。

大阪のラジオ局のコンテストで優勝してましたわ。

美川憲一北島三郎で。

デルマパンゲがMBSラジオ「ヤングスネーク杯」優勝 - お笑いナタリー

ネタパレの余談。永野の「クワバタオハラがおったらそこはもう大阪や」のネタ

あとけっこう前ですけど、ネタパレで笑ったのは「クワバタオハラがおったらそこはもう大阪や」ってう永野のネタ。

私、あんまり公言したくはないんですけど、永野けっこう好きなんですよね。

なんか、消えたら消えたでべつにいいわっていうヤケクソ感みたいなやさぐれ感みたいな感じが。

LINEスタンプ買おうかなってぐらい。

よし、決めた。

今買おう。

ハイ!

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今なんの気なしに「クワバタオハラがおったらそこはもう大阪や」で検索してみたら、「このネタのなにが面白いのかが分からない」というブログ記事が一位だったのがまた面白かったです。

気になる若手芸人の余談。金属バットのロン毛の方の前髪の異様さ。

せっかくなので書いときましょう。

まぁ空気階段は度々記事にしてるのでいいとして。

suzukiyasumu.hatenablog.com

金属バットってコンビ。

年末年始あたりにたまたま録れてた、深夜の生番組(?)が初見だったんですけど、なんかもうたたずまいが異様で。

たしかネタパレも出てましたわ。

で特にロン毛の方。

ロン毛の方の目と、ニヤつきと、前髪。

このご時世、ロン毛の男は珍しくないけども、あの前髪。

実際に会ったら、恐怖でオシッコちびりそう。

会うなり、よく分からない鋭利な刃物で右手の手首から先を切り落とされて、その落ちた右手を拾って、私の左手の前に差し出して「ニヤッ」とされて握手させられそうな。

いや、坊主の方だってコワいですけど、坊主の方はまだ覚悟ぐらいはさせてくれそう。

ネタは意外と普通、っていうか、あの異様な雰囲気で、ちゃんと二人並んで漫才をやってるので、普通に見えてしまうというか。

ちょい前、アメトーーク!の企画プレゼン大会に出てきた時も、違和感しかなかった。

出演依頼を本気で断られそうになったって、加地さん(アメトーーク!プロデューサー)が、ゴッドタン佐久間さんのラジオで話してました。

これもやっぱ異様ですよね。

まだちょこちょこテレビ出始めたぐらいの若手が、アメトーーク!からのオファーを断ろうとするって。

金属バットのアメトーーク!企画プレゼン大会の余談

てゆーか、企画プレゼン大会といえば、私がプレゼンしていた『先輩後輩微妙芸人』が、正式に『先輩?後輩?芸歴はっきりさせよう』として、このブログを見たデキるテレビマンを介して、アメトーーク!の会議を通ったようで、来週放送予定です。

先輩?後輩?芸歴ハッキリさせよう|アメトーーク!|テレビ朝日

どうなんでしょう?もしそうだったら嬉しいですけど、特に奇をてらった案でもないので(ってゆーかもしかしたら昔やってたような気もしてきた)、もしこの先、下の記事の中の企画が放送されることがあったら、そうに違いないと勝手に思うことにします。

suzukiyasumu.hatenablog.com

 あと、企画プレゼン大会にプレゼンしたいもう一個。

『羽田と山根』

5年ぐらい前のなんかの企画の時に、アンガールズ山根が羽田陽区にとことんダメ出ししてたのありましたよね?

コレだ。

japan.techinsight.jp

これで一時間やってほしい。

そうですね、では『羽田と山根』の放送をもって、アメトーーク!内のデキるテレビマンが、このブログをチェックしていると認定することにしましょう。

というワケで、デルマパンゲと金属バットのこれからに期待!

じゃ、おやすむ〜!!

殺人犯が人を殺しちゃったのはあなたのせいでも私のせいでもある

さてとポテト、林やすむ[@hayashiyasumu]です。

いい感じの火曜日。

松ちゃんに感じちゃってる偏見

似たようなことをチョイチョイ書いてて、ちょっと見直してたら、「人殺しは不良品」って先日の松ちゃんと同じ表現してましたよ。

suzukiyasumu.hatenablog.com

展開としては、「でも製品でなくて人なので〜」っていう感じで、松ちゃんのとは違いましたけど、表現としては極端すぎましたか。

なんかごめんなさい。

で、松ちゃんと爆笑問題太田さんの見解の違いが話題になってます。

松本人志の「不良品」発言 太田光の発言と比較し違いを憂う声も - ライブドアニュース

 

yumen12.hateblo.jp

まぁ、松ちゃんが雑ですわね。

二人とも頭はいいに決まってるんですけど、松ちゃんは、よくも悪くもただの庶民なんですよ。

おもいっきりイメージによる偏見が含まれますけど、尼崎の中流の下の方で育ってて、宅間守と同級生で、工業高校卒業して、芸人になって、けっこう若いうちに売れて、そのままお笑いのトップまでいっちゃったと。

多感な時期には経済的に不自由でもあり、芸術だの文学だのに触れずに育って、そこから芸能界という特殊な世界でずーっと生きてる。

お笑いの世界でも、大御所の先輩芸人たちとは極力共演せず、感覚の近い後輩芸人たちと一緒に、自分の意見の通りやすい環境の中で過ごしてきた。

よくあるせまい世界で、せま〜いところを見て、多くの人が感じていても言葉にならない感覚を「お笑い」に変えるという意味では、そういう環境が大いに活きたワケですが、言い換えれば視野が狭いんだと思いますわ。

存在感の大きさの割に、生きてる世界が狭すぎる。

っていう偏見。

太田さんは、裏口濃厚ながらも日芸中退ですし、政治も知ってるし、星新一賞の審査員任されたりとか、芸能界でも干されたり事務所起ち上げたりっていう社会人的経験もしてたりで、少なくとも松ちゃんよりは視野が広い。

芸人としてのポジションとか面白さとかは抜きの話。

二人の意見のジャッジよりあなたの意見を聞きたい

求められてやってることとはいえ、本人が穏便に過ごしたいなら、ワイドナショーなんかやらなきゃいいんですけどね。

いずれにせよ、正論求める方がどうかしてるんです。

だいたい、それぞれが思うことに、いいも悪いもなく自由なので、どっちの意見がどうとかジャッジしなくていいの。

いい悪いじゃなくて「あーた自身はそれについてどう思うよ??」って話で。

なんかそんなん考えると、ツイッターって都合いいというかね、反対に理由つければただの揚げ足取りが、さも自分の意見のように見えるっていう。

 殺人はあなたも私も含めた社会全体のせい

ってことで、私は私のブログに私の思ったことを書きますけど、殺人犯を殺人犯にしちゃったのは、親であり(あなたも私も含めた)社会であると思ってます。

まず、殺人犯本人とか、その親とか、誰か一人のせいには絶対にできない問題です。

殺人という行為そのものは本人の行いであって、罰せられるのも償うのも本人だけども、殺人事件が起きた責任はあくまでも社会全体にあるってこと。

責任の配分はケースにより違うけども、どんなケースでも最も重い責任を負うのは、本人より親だと思ってます。

なぜか。

以前の記事で、殺人犯になっちゃうふたつのパターンとしてこう書いてます。

先天的に「殺人衝動」 の種みたいなものを抱えて生まれてきちゃったパターンと、 成育環境でそうなっちゃったパターンのふたつあると思うんです。

「秋葉原連続通り魔事件」 の加藤智大の弟が自殺してたのを今知って思ったこと - ミミズだってオケラだってアラフォーだって

きれいにふたつに分かれることもないでしょうが、成育環境の要因が大きければ大きいほど、親の責任の比重が増すワケです。

たとえ殺人衝動の種を持って生まれたとしても、周りの関わりによって人を殺さなくても済むってのもある。

それをさせちゃうかどうかが社会の在り方っつーかね。

どっちの場合にしても、子の人格形成においては、よい方向は子の資質、悪い方向は親の育て方ぐらいの感覚が、実際に子育てをしていてあります。

でなぜそれでも、親の責任だけでなく社会全体の責任になるのかというと、親の育て方には社会常識や世の中全体の価値感なんかが大きく影響してるワケです。

お金が大切、学歴が大切な世の中だから、たくさん勉強させていい学校に入れなきゃとか、そんな方向に持ってかれるワケです、社会に。

そういう意味で、砂粒ほどの小さな責任であっても、社会の一員として私もあなたも背負うもののような気がするワケです。

まぁそんな感じで、ちょっとなんかまとめきれませんでしたが、今日はここまで。

じゃ、おやすむ〜!!

アラフォーペーパードライバーが高速道路講習で感じた「命かかってる感」

さてとポテト、やすむレインボー[@hayashiyasumu]です。

レインボーになってみました。

ここんところの閉塞感の反動でしょうか。

suzukiyasumu.hatenablog.com

 せめてアイコンぐらいは元気におめでたく。

アラフォーペーパードライバー、いざ高速道路教習へ!

先日、ペーパードライバー講習(3時間×3日)を終えました。

その時点で、一般道での運転についてはなんとかなりそうな手応えはあったんですが、ひとつ不安がありました。

高速道路です。

免許をとった時(教習の最後とか?)に一度だけ高速道路を運転した記憶があるんですが、その時の異世界な感覚だけが残っていて、家族を乗せていきなりあそこに飛び込む気にはなれませんでした。

講習を一日追加予約して、高速道路講習を申し込み、日曜日に行ってまいりました。

高速道路入口のアトラクションムードから急な合流の本気モード

2週間ぶりの教官との再会。

今回は、技術の習得よりも「経験すること」が主目的のため(っつーか休日で割高&高速代もかかるため)経費節減で2時間の教習。

さっそく行きましょうってな感じで、最寄りの高速道路の入口へ。

するとどこからか、黒いとんがりハットをかぶった魔境の使者のしゃがれた声が聞こえてきました。

「さぁ、ここからは高速道路へ向かうための道じゃ。生きて帰ってこれるかなぁ?ヒッヒッヒッヒッ・・」

「このゲートをくぐれば二度と後戻りはできない。では魔境の旅へ・・・、いってら!(ビッグダディ一家のいってらっしゃいの言い方)」

って、なんか分かってきました。

あのですね、上がってくとこからアトラクションムードのくせに、合流のとこで急に本気モードの世界に投げっぱなしになるのが心細いんですわ。

合流のちょっと手前で、アニメ声のキャストが、

「いよいよ合流だよ!ウィンカーを出して一気に加速!迷っちゃダメ!いってら!」

とか言ってくれると、決心がつくんですよ多分。

高速道路の「命かかってる感」

で、その最初の合流。

左合流(運転席から遠い左車線への合流)って、いきなりちょっとコワいやつ。

正直ね、けっこう車いましたけど、完全に当てずっぽで入りました。

もうただ勢いのまま。

結果オーライの極みですよ。

なんでか分からないけど、とにかく入れてそのまましばらく走りました。

高速道路ってなんか、ただ走ってるだけだから楽じゃんみたいなイメージありますけど、あのスピードでちょっとハンドルグイッとしちゃったら死ぬやんとか、考えごとしてて分岐のとこで迷って真ん中ぶつかったら死ぬやんとか、意外と急な下り坂のカーブで、スピード出すぎてたら壁ポーンッて飛び越えて死ぬし、ブレーキかけすぎたら追突されて壁に挟まれて死ぬやんとか、「命かかってる感」がキツすぎて、えらいエネルギーを削られます。

止まれないしんどさ

あと、止まれないしんどさね。

ちょいちょいひと息つけないってのが地味にしんどい。

信号ほしいわ。

信号ほしいし、みんな60キロぐらいで走ってほしいわ。

普通の道がいいわ!ってなります。

しかし、100キロ以上出したらいけないなら100キロ以上出せる車売らなきゃいいやんって思いません?

走り屋は走ることで生きている

あと余談。

トイレだけのパーキングエリアを拠点にして何度か休憩してたんですけど、なんか走り屋的な車がたくさんいるんですわ。

ギブアップの頃の私なら「お前らみたいなバカが目的もなくグルグル走ってるおかげでまわりがムダに命削られてるんだよこのバカ!」とか、むやみやたらに他人をバカにしながらバッティングセンターの受付でそれを書き殴ってるところですが、アラフォーの私はそんなことは特に思いませんでした。

こんな世界があって、多分この人たちはコレで日頃のストレスを発散しながら、世知辛い世の中をなんとかやり過ごしてるんだろうなぁ、とかぐらい。

にしても、ヤンキーみたいのでなくて、ちょっとシャレた感じでけっこういい歳のオジさんが多くて、「オメェら、資源のムダとか大気汚染とかちったぁ気にしろよなぁ?(悟空で)」ってのは思いましたけど。

ってゆーかホントにグルグルしてるだけなんですかね、ああいう人たち。

でも雰囲気的に、目的地までの休憩って感じじゃないっぽいし、多分そうなんでしょう。

はい。

まぁとにかくね、一般道ならたとえ事故になっても、「ぶつけた」とかで済みそうなものが、すべて命にかかわってくる感じが、高速道路にはありました。

終盤にはだいぶ慣れましたが。

そんな感じで、まだちょっと家族の命を背負う覚悟はできず、かといって私の独断で「コイツはもう死んでもよさそうだな」って人を誘うのもどうかと思うので、次にレンタカーでもういっぺんだけ一人で高速道路体験をしようかなと思ってますハイ。

ペーパードライバー講習考えてる方、高速道路は絶対一日入れといた方がいいです。

じゃ、おやすむ〜!!

<vol.2 バカばっかり(バッセン編)>二十代半ば頃(15年前)にやっていた個人サイト【ギブアップ】と今(アラフォー)の私

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さてとポテト、林やすむ[@hayashiyasumu]です。

日曜日。

昨日の続編。

suzukiyasumu.hatenablog.com

かんたんにサイト構成をば。

  • 【オレの手記】 ブログ記事みたいなの
  • 【Tシャツ】 名作「肌色って何色?Tシャツ」などのオリジナルTシャツ販売
  • 【ゴミ箱】 パソコンの壁紙と警告音のコーナー
  • 掲示板】
  • 【リンク】
  • 【オレ】 自己紹介

メインコンテンツは「オレの手記」です。

ダメな若さがほとばしってます。

当時の私の頭の中にある基本的な思想が「世の中バカばっかり」。

自分がこんな体たらくなのは、バカのせいだと思っていました。

こういうのこじらせれば、通り魔殺人しちゃうようなね。

今はけっこう変わって、バカばっかりの世の中を攻略できない自分も、大きく見ればバカとたいして変わらないんだろうな」ぐらいな気がします。※バッチリふさわしい表現ではないけども、なんとなく。いわゆるバカではないとは思っていたい感じ。

ただ単にバカをバカにして、「私はあなたとはちがうんです」みたいな気持ちは消えましたね。

身の程を知ったというか。

人はけっこう変わります。

当時、ブログサービスとかはもうあったはずなんですけど、そういうプラットフォーム的なサービスに乗っかるのがダサいみたいな、斜にかまえた心持ちで「個人サイト」にしてたと思います。

では、「オレの手記」から「バカばっかり(バッセン編)」どうぞ~。

其ノ二 バカばっかり(バッセン編)
昭和77年04月08日 記

現在オレはバッティングセンターでアルバイト中なんですが、客を見てるとこんなバカがあふれてちゃこの世の中どうにも居心地が悪りーワケだなとつくづく思います。

客の80%はバカ。若造で絶対にタメ口のヤツって何なんですかね?オレに対してならまだいいけどオレの上の人で40代くらいの人がいるんだけどその人に対してハタチそこそこの奴が当たり前のようにタメ口。びっくりして笑います。強さをアピールしたいのか、カッコイイつもりなのか、客は偉いと思ってるのか。完全な勘違い。死んでくれ消えてくれ家に居てくれ。

お客様は神様だなんて事を言い出したヤツをひっぱたいてやりたい。そんな事言うからバカは本当にそう思っちゃうんだよ。店が必要以上にペコペコするから、バカは簡単に勘違いしてこれでいいんだ、オレは強えーんだって思っちゃうのさ。だけどオレのようなアルバイトに店全体の姿勢を変える力なんかは無いワケで、一応ちゃんとやってますけど。バカはバカだから自分が逆の立場だったらとか考えない。考えないっつーか考えつかない、バカだから。

他にもいろんなバカがいますよね、自分が子どものくせに子どもつくって親みたいな顔してるバカ。ホームランの的に投げて当てて「ホームラン打ちました」なんて言ってくるズルバカ。人間がウソついてる時の顔ってスゴく醜いですね。

バカは考えない。考えないから悩まないし、ストレスなんかもたまらない。だからバカの人生はバカにとっては楽しい。バカはただ生きてる。バカの方が楽だろうなと思うけどバカは嫌だ。だってバカだから・・・

昭和77年ってのは、平成への抵抗でしょうね。平成13年ですか。多分。

こういうことにイライラしてるあたりが青いですね。

でこういうのいつ書いてたんだっけなって考えてみたら、バッティングセンターの受付!
結局今となんにも変わってないやん!

もうちょっと(ビルの受付で)ゆっくり書きたい気分ですが、日曜日は家なのでサクッと。

じゃ、おやすむ~!!

<vol.1>二十代半ば頃(15年前)にやっていた個人サイト【ギブアップ】と今(アラフォー)の私

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さてとポテト、林やすむ[@hayashiyasumu]です。

ちょっと昔のデータを漁ってたら、ちょっと見つけちゃって、ちょっとなんか今との変化とかが面白いやんって。

3、4年ぐらいやってたみたいで、その間でも変化が見られるワケ。

今日はつい見ちゃってすでに時間がないので、若さほとばしるトップページの画像だけどうぞ。

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じゃ、おやすむ~!!

孤独対策が急務なのかもしれない

さてとポテト、林やすむ[@hayashiyasumu]です。

金曜日。

孤独が人を蝕んでる感

なんだか、勝手にそんな空気を吸収しちゃってるだけかもしれませんが、閉塞感みたいなものを感じる(変換で漢汁と出てなんかギョッとした)今日この頃。

昨日の記事とか、カリタス小学校の事件なんかも影響してるんでしょう。

漢汁のがね、孤独が人を蝕んでるよなってこと。

dictionary.goo.ne.jp

そんなの分かってるわって話ですよね。

この先ちょっと思うことを書き散らかす感じになると思われます。

そこで、「あーたは嫁も子どももいて平和な家庭生活を営めてる人ですもんねえ??」みたいな感情を抱かれるかもしれません。

今そうなだけです。

そして、死ぬまでそうありたいと思えるから、ずっと続くように努力してます。

なぜなら、孤独がしんどいことを経験してきたからです。

ま、真顔はこれぐらいにして、進みましょう。

一人が楽しいというより不自由後の自由が楽しいだけ

一人が楽しいのって、学生終わったあとのせいぜい2、3年ぐらいのもんですよね。

でなにが楽しいって、それまで味わえなかった自由があるってだけなんですよ。

自由に飽きたor自由を楽しむ余裕がないとなったら、一人って、金かかるし全部自分でやらなきゃいけないし、たいしていいことないというか。

でもその間に、社会で生きてくしんどさなんかを味わって、その逃げ場として一人を選ぶしかなくなっちゃう。

この辺でしょうね、こじれだすとすると。

この時点で、家族との折り合いが悪いとか、学生時代の友だちとも疎遠でってなると、ここから新たな人間関係築くのも相当難しくて、そもそも生活でいっぱいいっぱいでそんな余裕ない、みたいな。

書いててしんどくなってきた。。

ブログ読んでる人同士なら意外と大丈夫かもしれない

ここで急に私思うのは、「新たな人間関係」ってとこね。

実社会だと本当にキビシしいと思うんですけど、ブログ。

ある程度、お互いのブログを読み合ってるのが分かってるぐらいの人ってなると、けっこう大丈夫そうな気がしません?

いやべつに、いきなり「お友だち大募集!」とかでなくて。

少人数で会ったりしたらけっこう普通にしゃべれそうみたいな。

いや、ネット経由で人と会ったことないんで、イメージだけですけど。

ホント、気持ちだけなら、お茶でもしながら今しんどい人の話聞きたいぐらいですもん。

さて、ワケの分からん展開になってきましたが、そろそろおしまいです。

そんなん調べてたら、ちょっと興味深いブログがあったのではっときます。

ameblo.jp

じゃ、おやすむ〜!!

【後編】BLOGOS「批評家・東浩紀が振り返る ネットコミュニティの10年」をいっぱい引用したい

さてとポテト、林やすむ[@hayashiyasumu]です。

ここ最近「もう木曜日か」と思うことが多い木曜日。

昨日の続き。

suzukiyasumu.hatenablog.com

一般的でない価値感を共有していたからこそのはてなダイアリー

今日もこの記事をいっぱい引用します。

lite.blogos.com

ブログの価値基準の話から、はてなダイアリーの話へ。

はてなダイアリーは、なぜだったかわからないですが、意見が違ってもみんな「はてな」に所属しているという独特の感じがありました。いまでも「はてな村」ってよく言いますけど、あれは別に蔑称で使うべきものではなくて、「俺たち同じ村に所属してるんだ」という感覚があったからこそ、実は議論もできていた。それがみんなバラバラにいて、みんなで爆弾を投げあうような感じになってしまうと、ただ相手を潰せばいいということになってしまう。

はてなダイアリーが無意識に持っていたあのコミュニティ感というものを、上手く次のサービスにバトンタッチできなかったのは、すごく残念なことだなと思っています。

私、はてなダイアリーはてなブログの明確な違いって気にしてなかったんですけど、その辺をザザッとググっとしてみて、なんとなく感じとりました。

はてなダイアリーは、他のいろんなブログサービスと同時期にスタートしてます。

できることとしては、どのサービスも(コマゴマあるでしょうが)大差はなく、一般的なくくりとしては、はてなダイアリーも「ブログサービス」という認識でいいと思います。

でも、他のほとんどが「○○ブログ」という名称の中「はてなダイアリー」。

まずこの辺ですでに、ユーザーからすると「私はブログなんていう、ポッと出の流行りモノ(になるかもしれないもの)でなくて、日記を書いてるんです」っていう、「はてなダイアリーである意味」が生まれてますよね。

で、日記であるからには、PVとかお金が価値基準にはならず、なんならはてなダイアリーの中で話題になることや、そこでのコミュニケーションも価値基準というワケではなく、とことんまで削ぎ落とせば「ただ書く、書き続けること」が自分にとっての価値になるだけ、みたいなね。

まぁ極論ですよ。

その辺の、一般的でない価値感を共有してるからこその「コミュニティ感」な気がします。

だからはてなダイアリーユーザーは、はてなブログに移行したがらないし、はてな運営も、はてなブログはてなダイアリーという、機能的には同じようなサービスを、つい最近まで並走させてきたと。

そんなふうに考えるとたしかに、「惜しいサービスを亡くしました」って気になります。

まぁでもそれも、大衆の求める価値の変化がそうさせたってのが真理かもしれません。

がしかしですね、はてなブログにもまだまだその名残はある感じがするんです。

ただ、それを意識してたり、はっきりそう感じてる人ってのは少ないでしょうし、この先どんどん少なくなるでしょう。

そういう下地のない、現状の多数派の人たちに「はてな独自の価値感」を感じてもらいやすい変革をしていくことは、はてなダイアリーはてなブログに統合させた、はてな運営の責務ではないかと、そんなことを思いました。

次。

ホリエモンの扱いにみる大衆の価値感の変化

やっぱり、お金以外の価値について。

お金ではない価値をどうやって今のネットとかメディアの環境の中で提供し続けるか。それこそが大事だと思います。

ところが、そこの部分をなぜかみな考えなくなってる。「儲かることが正しいこと」みたいに思ってる人たちが多いですね。

ライブドアが2000年代中盤くらいに勃興してきたときは、拝金主義はよくないということになっていました。ホリエモンなんかそれで叩かれていた。金ですべてが買えるってアホか、と。ところが、今は金ですべてが買えるって言うと、むしろ先進的だってことになっている。

今の世の中は、未来から振り返るとかなり変な時代に見えると思います。拝金主義がいい、新しい、みたいな雰囲気ですから。倫理的なことや正しいことを言うと、頭が固いことになる。

言われてみるとたしかに登場時は完全に、「お金でなんでも手に入ると思うなよホリエモン!」っていう空気だったのが、今や「前科者なのにその逆境をはね返して結局金儲けしてるっぽいからやっぱホリエモンが正義!」ってなってますもんね。

ホリエモンは多分たいして変わってないんですよ。

やりたいことをやるために、こうしたらお金が回るというのを理解してて、それのジャマにならない部分で言いたいこと言うみたいな。

大衆の捉え方が変化してるだけで、「拝金主義」というよりは、ホリエモンでも前澤社長でも、自由にやってるだけ(のように見える)なのに、お金儲けできてる、みたいな部分に大衆が妬んでるって感じがします。

SNSの弊害じゃないでしょうか。

スペシャルな人の別次元の話だったものが、「(フォローしてるだけで)ツイッターで私とつながってるあの人」になっちゃうっていう。

だからまぁ、拝金主義だったり、妬みだったり、自分にもできるかもっていうカン違いだったりが、複雑に絡み合ってる、歪んだ価値感の集合体だと思いますわ。

最後。

家族でなくても家族っぽい関係性がほしい

落としどころが、こういう話になるのもまた、なかなか味わい深いなと。

今は、会社もない、地域共同体も崩れている。かといって、急に国家とか言い出すのも飛躍がある。そのときに共同体の核というか、どこを足場にするかといったら、そういえば家族ってあるよねと。ほぼみんなに家族がいて、じゃあ家族ってなんだろうというのは、もう1回考え直すに値する。そして、現実にいまより柔軟な家族の形が必要とされている。

一昔前だと、たとえば団塊世代なんかがそうですが、一人であることが自由であることの条件だと考える人が多かった。それは世代のリアリティとしてあったと思いますが、一人であることは必ずしも自由を意味しなくて、むしろ一人であることによる弊害も今は見えている。そのときに、会社も信じられない、かといって地域も国家も信じられないとなってくると、家族くらいしか足場になるものがないだろうということですね。

家族という言い方をすると抵抗を感じるひとも多いし、それにもむろん理由があると思います。だから、僕がいま考えていることは、将来的にはもっと抽象化していきたいと思います。それを「家族的」と呼ばなくてもいい。

家族って別に何も理念とか趣味とか共有していない。それぞれ全然違う職業を持っていて、年代も違ってて、人生も違う。ただ家族だから、しょうがないからというのもあれだけど、いっしょにいる。定期的に集まる。

私の場合、二十代はだいたい一人で生きてたんですよ。

三十代の手前で(当たり前のようにではなく、本当に運よく)結婚して、家族を形成することとなったワケです。

一人もまずまず経験して、家族も経験して。

それで思うのは、「一人はしんどい」ってこと。

特にメンタルが。

落ちたらずっーと落ちてくし、自力じゃ立て直せないし、ただしんどくなくなるのを待って、動けそうになったら動く、みたいなのの繰り返しで。

とにかくムダが多いんですわ。

記事でもいってますけど、家族である必要もないんですよ。

最低限の価値感の一致、いや、一致でなく許容ってぐらいでもいい、そんなんがあって、なるべく近い場所にいて、継続的な関係でいられる人が一人いるかどうかでまったくちがうと思う。

べつに、運命的な相手とかでもなく。

家族になろうよ」でなくて「孤独対策」ですよ。

これからの人は特に、ホント意識して生活しといた方がいいんだろうなぁなんて。

大〜きくまとめると「お金や数字以外の価値」と「家族っぽい関係性」

大〜きくまとめると、これからの時代のテーマがふたつあるんではないかと思うの。

「お金や数字以外の価値」と「家族っぽい関係性」。

このふたつの「概念」を、常識化することではないでしょうか。

まずそれができないと、社会が変わっていかないかなと。

ハイ、こんなところです!

じゃ、おやすむ〜!!

BLOGOS「批評家・東浩紀が振り返る ネットコミュニティの10年」をいっぱい引用したい【前編】

さてとポテト、林やすむ[@hayashiyasumu]です。

水曜日。

BLOGOSの「東浩紀が振り返る ネットコミュニティの10年」を読んだ

この記事読みました。

lite.blogos.com

東浩紀さんという方の、これまでのネット社会の振り返りとこれから大切になること、みたいなお話。

内容に記事タイトルが負けてる珍しいパターンだったので、引用いっぱいでお送りします。

10年前と今とでもっとも違う点は、「ネットを使うと新しい時代が作れる」という希望の有無だと思います。僕はその希望はもうないと思っている。

ネットが出てきてここまでって、私もいまだにそんな感覚ありますけど、「今までてきなかったことがアレもコレもできる!」=「これからなんだってできるやん!」みたいなね。

残念ながら、そういうのはもうないだろうと。

せせこましくブログ書いたり、ツイッターで地道に信用を積み重ねたり、実際にある程度やり続けるほど、「無理ゲーやん・・??」みたいな感情がふくらみますよね。

この先ますます(というかすでに)、空気がそっち中心になっていくってことなんでしょうね。

「ネットがあればなんだってできる!」から「ネットだろうがリアルだろうがデキるやつはデキるしデキないやつはできねー!ムキーッ!!」って。

持続可能な、面倒なことはみんなやらないんですよね。

結局は、道具がいくら便利になったところで人間が変わらなきゃ世の中変わらなくて、単純に、ネットがあれば世の中がよくなるって方向には進まなそうだねっていうことですね。

「リアルタイムの価値」が本質を歪ませる

次、この辺りの話もホントに。

問題は「リアルタイム」が重視されすぎていることです。いいかえれば、みな時間の価値を軽視しすぎている。

ツイッターですご〜く感じますよね。

「今」を重視するあまりに、枝葉を刈り込んだ言葉ばかりが並び、無駄のない言葉は対話や議論のタネにはならず、正解不正解のみで判断され、また次の「今」に向かう。

同じことを時間をかけて、対話し議論して生まれるいろんな考えの価値が、ただ「今」であることに歪められるというか。

PV以外のブログの価値基準が必要

ブログやはてなダイアリーなんかにも言及されています。

長いですが引用。

長くちゃんとしたブログを書いている人たちが、世の中のダメな反応に疲れて消えていった。僕も気持ちはわかります。

ブログの評価基準がPVしかないんなら、炎上するのが一番だということになる。じゃあ過激なこと言っときゃいいか、となっちゃうわけです。PVではない基準があればいいんですが、結局そこでリターンを作れなかった。PVがなかったとしても、きちんとした文章を書けばしっかりした承認がもらえ、未来の仕事につながるという信頼があれば、ブロガーたちも残っていたはずです。

つまり、ブロガーたちを育ててくというか、維持していくというのは、ネットのサービス作ってあとはお任せではダメだったんだと思うんですよ。ブログ論壇のコミュニティを育てる企業や人がいなかった。受け皿がなかったということですね。

 私も常々訴えている、お金や数字ではない「価値基準」の必要性ですよ。

昨日の記事の、 “お金や数字以外の価値を表す言葉として「やすむ」が世の中に急速に浸透。” と同じことです。

suzukiyasumu.hatenablog.com

そこを育てるためには「サービス作ってユーザーにおまかせ」では限界があるってのもホントに。

suzukiyasumu.hatenablog.com

はてな運営さん、ヨロシクお願いしますよ。

えー、もうちょい続けたいんですが、本日は時間切れなのでまた明日!

じゃ、おやすむ〜!!

夏が5月から始まった令和元年はこれからこうなる

さてとポテト、林やすむ[@hayashiyasumu]です。

暑さと鼻づまりでイマイチ眠れなかった火曜日。

令和元年は夏が5月から始まった

今日はくもりで暑さも控えめですが、ここのところ夜まで暑くてスッキリ眠れず、どうにもぐったりしてます。

暑さはいったん少し落ち着くようですが、この「夏に突入してしまった感」は、もはや取り戻せません。

今年はもう、5月から夏が始まったのです。

「夏の屋外の仕事は非常識」な社会へ

私には目論見というか、予想というか、願望というか、妄想というか、夢みたいなものがあります。

はじまり。

どこかしらのものすげーエラい人が、ただ夏の屋外にいたことが原因で熱中症になって、お亡くなりになるんです。※いきなり人を殺してしまいますが、必要悪ならぬ必要死ということで、このまま気にせずお進み下さい。

で、「日本の夏ってただ外にいるだけで死ぬんだ。オイラ相当の時間、夏の屋外で働いてるんだけど・・」って大衆が思います。

大衆が何十人死のうがスルー決め込むけど、すげーエラい人が一人死んじゃったので、政治家も動くしかありません。

意外とすんなりベーシックインカムが回りだす

とはいえ、夏の屋外で働く人限定でなにかしら法律にするのは難しいし、ゴチャゴチャ考えたくもないってことで、労働者の大半が対象になるように、「一日のうち日中の3時間は働いちゃダメ(賃金は支給される)」的な法律ができます。

と同時に、どこからその支給される賃金を捻出するんだと、AIによる労働の代替が促進されることとなり、それがなんとなくベーシックインカム的な流れとリンクして、仕組みとしても少しずつ回るようになっていきます。

これまで生活のために長時間労働を強いられてきた大衆も、労働時間を減らしながら普通に生活ができるという現実を目の当たりにして、意識が変わっていきます。

「労働のせいでこんな社会になってるんだ!だから労働時間を減らせ!」っていう不満とか対立みたいなところからでなく、問題解決から入ってるあたり、テキトーに書いてて意外とうっすら現実味を感じてたりします。

過労死も自殺も減って世界幸福度ランキング上位になり、お金以外の価値を表す言葉ができる

労働時間削減と人口減少により、通勤ラッシュが大幅に緩和され、統計的にも、過労死や自殺者、うつ病患者数などが軒並み減少、世界幸福度ランキングも年々ランクアップ。

幸福度が上がり続ける中で、経済成長は減速するという状況に、「お金がすべてではない」と、モノゴトの「価値」を見直す動きが起こります。

結果、お金や数字以外の価値を表す言葉として「やすむ」が世の中に急速に浸透。

青い海を眺めて過ごす時間、赤ん坊が初めて歩いた時、不治の病の少年に捧げたホームラン、ケツを拭いたのにウンコがつかなかったトイレットペーパー、視聴者プレゼントで当たったコージー冨田のサイン色紙、これらすべてが「やすむ」。

「やすむ」に、数や大きさ、色などの概念はありません。

零細ブロガーを常々悩ませるはてなスターも、いずれは無色透明の「やすむスター」となり、お金でスターを買える「カラースターショップ」は廃業していることでしょう。

suzukiyasumu.hatenablog.com

 なんて思ってる今日この頃です。

おわり。

落としどころがサッパリ見当たらず、ムチャな着地を試みて大ケガをしつつも、平静を装っているのが今です。

じゃ、おやすむ〜!!