はてなブログ運営は自由ネコ氏がnoteをちょっとちゃんと始めたことを重く受け止めた方がいい
さてとポテト、林やすむ[@hayashiyasumu]です。
なんだかんだで水曜日。※月曜日からチョコチョコ書く感じになって、日ごとに熱が下がって、やっぱやめとこうかなと思ったけどアップしました。
- 自由ネコさんがnote??ってなった
- はてなに「イメージ」を持っているのは中高年だけ
- はてなブログユーザーになってみての実感
- はてなブログ「若者ひいきキャンペーン」実施中!とか
- 有名はてなブロガーもひいきしよう
自由ネコさんがnote??ってなった
もしかしするとあんまり、はてなブログ内で話してほしくないことなのかもしれませんが話しましょう。
私のはてなブログ継続の恩人と言ってもいい自由ネコ (id:gattolibero)さん。
まぁいろんな界隈があるので、人それぞれですけども、私を含め多くの人の中で「はてなブログといえば?」で名前の挙がるはてなブロガーの一人かと思います。
そんな自由ネコさんが、冷やし中華、じゃなくてニューハーフヘルス、、でもなくて、noteはじめました。
アルファブロガーとはいえ、ガツガツ稼いでガツガツいろんな活動してっていう雰囲気の方でもないし、一個人が興味のあるいろんなサービス使ってみようってのは、べつに当たり前のことなんですけども、そんな感じの人だからこそ意外と重いというかね。
はてなでいいならはてながいいって感じじゃないかなと思うんですよ。
多分そんなスタンスの人が、特に隠すこともなく(サービスとしては)ライバルのとこで、ちょっとちゃんとブログ始めちゃってるの。
ちょっとちゃんと。
コレ実際にちょっとちゃんと始めちゃってるってことは、すでに「はてなブログどうなの?」っていう「はてな」が(うまい!)けっこう大きく育っちゃてるんではないかと思われます。
私風情でも、noteって考えます。
他にも今風のよさげなブログサービスいろいろあります。
私風情でも、とはいえせっかくはてなブログで読んでくれる人も増えたし、はてなブログにしとくかってなります。
私、読者数フタケタです。
自由ネコさん、読者数ヨンケタです。
それこそケタ違いにそういう思案を繰り返してきたんではないかと思います。
(※まぁそんなゴチャゴチャした気持ちの問題でなく、シンプルにはてなブログの収益が怪しくなってきたってだけかもしれませんが)
以上、憶測100%でお送りしました。
はてなに「イメージ」を持っているのは中高年だけ
はてなブログを(まともに)始めてから一年ほどなので、見えてないことは多々あるかと思いますが、私からの景色として書いておきますよ。
はてなブログ自体は一年ですけど、まぁネットの世界の雰囲気みたいなものは人並みに20数年見てきてるワケです。
そんな中で、利用者でなくとも各種サービスだったり、その他漏れ伝わってくる情報によって、はてなの独自性みたいものをイメージとして持っています。
が、おそらくそんなイメージ自体が、もはや中高年だけのもので、若い世代にはそれこそきっと「はてな?」(冴えてる!)って感じなのかもしれません。
要は、せっかくうまいことネット黎明期から築き上げてきたはてなのイメージをこれからの若い世代に繋ぎ損ねてるんではないかなと。
はてなブログユーザーになってみての実感
で、実際使ってみて感じること。
え〜っと、主に数字に対する妬み嫉みになります。
まずは、(中身がなくても)明らかに数字に恵まれているブログとそうでないブログがはっきりしすぎていること。
やる気が失せます。
サービス側がやる気失せさせないでほしい。
見かじり情報によると、はてなブログが用意している「ブログチャレンジ」をこなすことだったり、お題に乗ることだったり、おすすめ新着ブログみたいのに載れるようにまずは継続しようとか、どうやら主に初動での「はてなブログへの貢献」が求められるっぽくて、どうやらそれを逃すとダメっぽい。
なんだよソレと思う。
そんなもんあるならあるで始める時に明言してくれていいから。
ブログチャレンジちゃんとやってくれた方が露出増えるよって。
そんなんで、数字という括りだけなら、初動を逃した時点で脱落してるようなもんなのかもしれません。
次。
「このサービスやめます。」とか、「この機能廃止します。」とかばっかりで、既存サービスの改善や新機能のリリースみたいな活気のある話がない。
次。
中年が多い。
それが悪いワケじゃないんだけど、上でも言ったように、(もちろん自分も含めて)はてなにかつてのイメージを持ち続けている層ばっかりでないかい?と。
「懐メロ感」とでもいいましょうか、イイものには違いないんだけど、新鮮さとか目新しい発見とか今っぽさがないというか。
まぁ自分が中年だから自然と中年が目に留まるってのもあるでしょうけど。
とりまそんな感じ。
数字に囚われなければ、ブログの習慣化というのはメンタルによい作用があるので、個人的にはブログそのものがオワコンだとは思いません。
長期的に見ると、ネガティブな影響の大きい諸々のSNSは(もしかしたら別モノになるくらい)大幅な改変があるかもしれませんが、ブログは基本今の形のまま文化として根づき続けると思います。
まぁ「稼ぐ」とかで言ったらどうか分かりませんけど。
はてなブログ「若者ひいきキャンペーン」実施中!とか
鼻の効く人から「オワコン臭」らしきものをフワッと嗅ぎ取られてしまっているはてなブログ。
かつてのオリジナルなイメージを取り戻すためにはどうしたらよいでしょうか。
とにもかくにも一番は、若い人を取り込むことでしょう。
作為的でもなんでもいいから、若者をひいきして引っ張り込む。
なんなら「若者ひいきキャンペーン」ぐらいやりましょう。
若者のブログのアクセスが上がるようにはてなとしてできることは全部やる。
少なくとも私の見えるところでは逆のことが起きています。
一度でもやってみた人は分かると思いますけど、ブログって気持ちひとつじゃないですか。
「しんどい」とか「乗らない」に、「書く」が勝つかどうか。
「なにがなんでも書きたい!」なんてそうそう思わないんですよ。
そこをうまく乗せるのがサービス側の務めというかね。
便利が当たり前の若者に、いかにちょっと面倒臭いブログを始めさせるか、続けさせるか。
これだけ余裕のない社会でブログに時間を割くってなかなかのことで、そんな中で地道に更新してきたけどやっぱり報われないって感情だけを残して、ブログは削除して去っていくワケです。
そんなの、サービスとして悲しいじゃないですか。
相応の評価を得られて、相応に更新してきてたようなブロガーの方々も、開店休業状態なブログが多くて、いろんなフェーズでモチベーションを保てる仕掛けみたいなものが必要なんでないかなとか。
有名はてなブロガーもひいきしよう
と同時に、冒頭の自由ネコさんだったり、はてなブログを代表するような存在になっているブロガーもどんどんひいきした方がいいですよ。
ブログに限って言うと、サービスのイメージって、利用してるユーザーを通して抱く割合がすごく大きくて、そういう意味では、一ユーザーとしてはてなブログに多大なる貢献をしてるんですよね。
その見返りみたいなモノって、あるのかないのか知りませんが、やっぱり相応の仕組みだったり、運営からのイレギュラーなアクションだったりもなく、ただ数字を積み上げていくだけなら、いくらそういう立場になったところでなんかやる気なくなったりもするんじゃないでしょーか。
例えば、ちきりんさん (id:Chikirin)とかphaさん (id:pha)とか(多分他にもたくさん)、なんなら人を先に知ってて、あとから「あ、この人もはてなブログなの」っていう、すっかりはてなブログを飛び越えた存在になってるような人もいたりして、それでもそのままはてなブログ使ってたり。
私に届いてないだけなんでしょうけど、もっと、そういう人たちに知恵を借りて、はてなブログを向上させようみたいな動きとかあってもいいんじゃないかなとか。
そんな人たちなら、アイデアのひとつやふたつ絶対持ってるでしょうし。
私あたりでもあるんだから。
一定以上の認知度がある人は、ユーザーというよりはクライアント扱いした方がいいですよね。
そんなんで、若者と有名ブロガーをひいきして、はてなブログの存在感をアピールしましょう。
とにもかくにも、なんとなく「いい感じ」ではないっぽいですよね。
パッと思いつくようなことはやり尽くしてるのかもしれませんけど、とにかく目先の数字よりも「質」を高める手作業なりアイデアな気がするんですがね〜。
最後になりましたが、自由ネコさん、勝手な憶測をズラズラと書いちゃいましてなんかゴメンなさい。
じゃ、おやすむ〜!!
多様性の押しつけが逆に息苦しい【Aマッソ金属バット差別ネタ問題】
さてとポテト、林やすむ[@hayashiyasumu]です。
金曜日。
- Aマッソも金属バットも「表現の自由」でいい
- むしろこんな反応が差別的
- 「黒人手の平白い」Tシャツに秘められた想い
- 「多様化クソ喰らえ」も受け入れるのが多様性
- 正義が悪をやっつける物語で育つこと
- 多様性にからめたふたつのこじつけ
- やけにスムーズだった嫌煙ムーブメントも悪者成敗
Aマッソも金属バットも「表現の自由」でいい
Aマッソのネタが問題になったついでに、金属バットも槍玉にあげられているようです。
私はどちらも「表現の自由」のひと言で済む問題だと思ってますハイ。
ひとつ違うのは、Aマッソは「大坂なおみ」という個人名を挙げているところ(ついでにいうと、ソレがイマイチ面白くないところも軽く問題)。
ただそれでも、周りがギャーギャー言うことではなくて、もしも大坂なおみが傷ついてAマッソを許せないのであれば、訴えるなりすればいいっていう話。
対して金属バットの方は、我々受け手側に根づく差別意識を笑いの材料にしてるだけというか。
ただ、(このネタに限らず)表現が気に入らない誰かしらに街で刺されるかもしれないぐらいの覚悟は、元々のキャラクターからしてあるのではないだろうか。
なかったらゴメン。
むしろこんな反応が差別的
ハッキリ言って、差別意識ってある意味本能的なものであって、それを「いかんいかん」って引っ込めるか、ムキ出しにするかだけですよ。
特に日本みたいな島国で生まれ育ったら。
白人が角から出てきたらなんとなく縮こまるし、黒人が角から出てきたらギョッとするでしょ。
金属バット的には、それこそ黒人にも白人にも黄色人種にも、全地球人に笑ってほしいぐらいの感覚でやってるんじゃないですかね。
むしろこういう反応の方が差別的というか。
「黒人手の平白い」Tシャツに秘められた想い
今思い出したんですけど、私20年ぐらい前にTシャツ屋やってて、「黒人手の平白い」Tシャツってのを作ったんですよ。
こんなの。
左胸ワンポイントでさりげなくね。
で、10年ぐらい前に死んじゃった友人が、当時そのTシャツを知り合いの黒人に見せたんですって。
そしたら笑ってたって。
それ聞いて「そうそう!」って嬉しくなりましたもん。
本質はそこ(差別)じゃないことが伝わったなって。
「多様化クソ喰らえ」も受け入れるのが多様性
でまぁ、全部ひっくるめてなにが言いたいかって。
昨今の、ダイバーシティですか?多様性?
いいことだと思うんですよ。
ただね、それにかこつけて、今度は「多様性重視のスタイル」こそ正義になっちゃって、今回みたいにそれに沿わない人を吊し上げるでしょ。
そうでなくて、たとえ多様化クソ喰らえな人でも受け入れてこその多様性なワケです。
みんなちがってみんないい、ですよ。
日本人ってホント好きですよね、悪者成敗。
わざわざ悪者作ってまで成敗したいの。
いや、成敗するために悪者を作る。
って同じか。
正義が悪をやっつける物語で育つこと
なんでかなとちょっと考えたら、なんとなく記事のまとめになりそうなソレっぽいの思いつきました。
子どものテレビ。
仮面ライダーとかなんとか戦隊とかアンパンマンとか、プリキュアとかセーラームーンとか、そんなんばっかりじゃないですか。
こうやって、正義が悪を成敗することをよしとする物語がスタンダードとして小さい頃から刷り込まれれば、知らず知らずそうなってってもおかしくないですよね。
これからはね、「いかに許すか」の時代だと私は思ってます。
希望的観測としては、多分これから先は、正義が悪を許して共存していく物語が増えていくんではないでしょうか。
多様性にからめたふたつのこじつけ
今からふたつこじつけますけど、ウォーキングデッド8の最後で、リックがニーガンを生かしたあたり、やっぱなんか感覚としてアメリカの方が先進的なんだろうなとか、先週見たザ・ノンフィクション、裁判官が被告ワンさんの愛読書である「阿Q正伝」を読んで、共感や同情を伝えた(正義が悪に歩み寄り理解を示した)ことがワンさんの更生のきっかけになったのとか、なんか、これから多様性を考えていく上でのヒントになるんではないかな〜なんて、私の中でフワッとつながったんですわ。
※ウォーキングデッド9はAmazonプライムで無料になるまで見ませんので、ネタバレコメントはくれぐれもお控え下さい。
やけにスムーズだった嫌煙ムーブメントも悪者成敗
それからもう一個思ったこと。
タバコ。
嫌煙ムーブメントみたいのって、国が大きな動きをしたワケでもないのに、やけにすんなり浸透したと思いません?
いつの間にか、街中で歩きタバコしてたら軽くウワッてなっちゃうぐらいな。
キャッシュレスキャッシュレス言ってバンバンケツ叩いてもテコでも動かない日本国民なのに。
アレって、要は「タバコ=喫煙者」を悪に仕立てて、悪者成敗の図式にうまくハマッちゃったんですよね、多分。
私は吸わないので、そらとなりでプカプカやられたら迷惑なんですけど、にしても、なんかあのガラス張りのガス室みたいなとこに閉じ込められてマズそうにタバコ吸ってるのを見ると、さすがにそこまでしなくてよくない?ってなるんですよね。
さて、余談多めでお送りして参りました。
まぁとにかく、Aマッソは金属バットを見習って、一人は坊主に、もう一人はロン毛の前髪パッツンにして、雰囲気トガりを卒業しましょう。
あと万万が一そうだったらって頭にチラついたのが、もしかしたらAマッソは大坂なおみを黒人とのハーフでなく、ネタで言ってたとおりに日焼けしすぎの日本人だと思ってたんじゃねーかって。
それはそれでオイッて話ですけど。
結局のところ、もし私が大坂なおみなら、Aマッソのこと一生許してやんねー!!
ってこと。
じゃ、おやすむ〜!!
どぶろっくの配役入れ替えコントに大きなイチモツを授けたい【キングオブコント2019】
さてとポテト、林やすむ[@hayashiyasumu]です。
3連休明けの火曜日。
- キングオブコントにどぶろっく?
- 配役を入れ替えたコントって初めて見た
- どぶろっくはお笑い芸人というより芸術家
- キングオブコント2019総評は他のいいブログで読んでね
- 空気階段やかが屋は大舞台向きではない?
- 私の好きな「○○な女」は〜〜ア〜ア〜ア〜〜・・・
キングオブコントにどぶろっく?
どぶろっく、面白かったですね〜。
どぶろっくがコントってどんなんやるんだろうなと、フタを開けてみたらアレですよ。
なんかやっぱ、芸人ってすげーなと。
「ネタ」っていうと、なんとなく軽く聞こえますけど、アレもう立派な芸術作品ですよ。
配役を入れ替えたコントって初めて見た
しかもあの、1本目と2本目の連なりね。
M-1でもそうですけど、勝つためのセオリーとして、2本目もおなじみの同じ「型」のネタをやることが多くて、今回のどぶろっくも(「おなじみの」ではないけども)そうだったんです。
「型」は。
ただ、「型」は同じでもあれだけきっちり配役を入れ替えるって、私はあんなの初めて見ました。
で、配役は変わってるくせに本人の人間性はそのままで、1本目では「大きなイチモツ」を欲しがる農夫だった江口氏(普段ハットの方)が、2本目では「大きなイチモツ」を授けたがる神を演じるっていう。
どぶろっくはお笑い芸人というより芸術家
どぶろっくって、カミツキガメ飼ってたり、お笑い向上委員会にまったくのノープランで登場したり、なんとなく昨今のお笑い芸人のスタンダードとはちょっと違う雰囲気を感じてたんですけど、やっぱり違うっぽいですね。
性欲は感じられても、売れたい欲はあまり感じられないというか、今回も「もっと売れたいからコントでもなんでもやっていこう」って感じでなくて、「せっかく面白いネタできたからいい場所でやりたい」みたいな感じがしたんですよね。
って、ホラやっぱり。
これキングオブコントの事前インタビュー記事ですけど、エントリー自体が7〜8年ぶりですって。
(※この次のページの、ジャルジャル後藤とビートルズのくだりも面白いので読んでみて下さい。)
売れたかったら毎年のようにエントリーしてたって全然おかしくないですから。
なんかだからもう、「芸術家」ですよね。
三村の「このCDほしい」とか、設楽の「かっこいい」とかっていう審査コメントも 、いわゆるお笑いのネタの範疇を超えてたからこその反応というか。
そういうので言うと、金属バットはお笑いというより完全にパンク扱いしてる私です。
いつか生放送の漫才中に、それこそイチモツを晒すんじゃないかとドキドキしてますもん。
キングオブコント2019総評は他のいいブログで読んでね
さ、そんなこんなで、キングオブコント2019の総評はこちら(うるとらブギーズの1本目の高評価がピンとこなかったのとか、審査員5人はツラいってのとか同感です!)か、
こちらでどうぞ(上の記事もこちらもカシモトに反応してるのが面白かったです)。
私の総評的なものをいうと、どぶろっく以外の今日イチは、うるとらブギーズの2本目(サッカー解説のネタ)でした。
くだらなさです。
空気階段やかが屋は大舞台向きではない?
あと今回思ったのが、空気階段とか、かが屋とかもそんな感じでしたけど、設定とか展開の妙だったり、ちょっと考えさせる感じの、要は見てる人のイメージに委ねる余地が多いコントは、大きいコンテストには向かないのかなぁみたいな。
大会のレベル向上という点では、本来はああいうコント師的な人たちの得点が高くなった方がいいような気はするんですが、まぁでも、コントでも漫才でも、突き詰めてしまえば上手さよりなにより、一番は面白さですから、やっぱこの結果だよなと。
あとは、大舞台であればあるほど、トコトンくだらない方が面白いってのも。
だいぶ前のM-1の最終決勝で笑い飯がマリリンモンローのハッピバースデ〜プレジデント〜♪ってネタやったり、ええ土〜ッ!って叫んだり、千鳥だってくだらなくないネタなんかないぐらいですし。
下ネタかどうかはたいした問題じゃなくて。
ま、そんなことを思いました。
私の好きな「○○な女」は〜〜ア〜ア〜ア〜〜・・・
最後に、私の好きな「○○な女」(オンナオンナオンナ〜♪ってどぶろっくのネタ)は、
「プリクラを撮るのが大好きな女は〜〜ア〜ア〜ア〜〜・・・
目が小さい♪」
です。
じゃ、おやすむ〜!!
私の行く先にいつもみうらじゅんがいる「肘ぶつけてビーン!」にもいた
さてとポテト、林やすむ[@hayashiyasumu]です。
土曜日。
- 肘ぶつけてビーン!の検索上位争いがスゴい
- 「ぶつけて肘がビーン」には名前があり、そのソースはみうらじゅんの本
- 私の行く先にはいつもみうらじゅんがいる
- みうらじゅん他サブカル界隈の「努力してないのに気づいたらここにいる感」がひっかかる
肘ぶつけてビーン!の検索上位争いがスゴい
べつに肘ぶつけてビーン!ってなったわけではないんですが、アレってなんなんだろうと思って「ぶつけて肘がビーン」で検索したんですよ。
そしたらなんかもう、似たような記事が上位にひしめいててスゴいんですわ。
いやいや、「ぶつけて肘がビーン」ごときにそんなに書く!?って。
そらまぁこうやって軽率に検索しちゃう呑気な人間がいるからこその結果なんでしょうけども。
でその、肝心の肘ビンについてなんですけど、体の構造上どうしても、その部分だけ神経が体の表面近くを通っているために、ちょっとした刺激でビーン!ってなっちゃうんですって。
「ぶつけて肘がビーン」には名前があり、そのソースはみうらじゅんの本
そんで、その肘ビンにはなんと名前がついてて、「ファニーボーン」っていうんですって。
っていうのが、(全部見てませんけど)だいたいどれも同じような記事の内容。
でね、そのソースってのが、「アレの名前大百科」っていう、みうらじゅん氏の本。
私の行く先にはいつもみうらじゅんがいる
みうらじゅんのソツのなさには、あきれ笑い混じりのため息がフゥ〜っと出ます。
またいたのかと。
私の行く先には、いつもみうらじゅんがいる。
なんの気なしに歩いた先にもみうらじゅん。
ここは誰もいないよなと覗いてみてもみうらじゅん。
みうらじゅんって、もうかれこれ30年はみうらじゅんの座をキープし続けているんではないだろうか。
みうらじゅん他サブカル界隈の「努力してないのに気づいたらここにいる感」がひっかかる
いやね、私べつにキラいじゃないんですよ。
でもこのみうらじゅん(&界隈の人たち)の表向きのスタンスがやっぱりひっかかるんです。
「いや全然マジメに生きてないんですけど」みたいな、「ただ興味のあることについてダラダラ考えてたら面白がられちゃったみたいで」みたいな、「そんな気もなかったんだけど頼まれると断れなくて」みたいな。
そんなんで「なんの努力もしてないんだけど気づいたらここにいます」みたいな空気感。
ど~もやっぱり妬んじゃって素直に受け入れられないんですよねぇ。
絶対(多分)、必要なとこではサングラス外して、髪結んで、社長さんにビール注いだりしてきたはずなんですよ。自分の利益のために。
でもそういうの言わないでしょう?(多分)
言うとしても、そういうのすらネタにしてウソだかホントだか分からないとか、さすがに時効みたいに思ってもらえる頃に話したりするでしょう?(多分)
なんかね~。
泥臭そうで泥臭くないというか、そんで他人のそういうとこはイジッてきたりするじゃないですか。
やっぱなんかズルいわって。
この時も似たようなこと書いてますけど。
それでも結局、みうらじゅんのいない場所を探し続けるのが私の人生の目的なのかもしれない。
(※この締めの一行を途中で思いついて取っておいたので使いましたが、雰囲気がその手前までの文章とマッチしていないことをお知らせしておきます。)
じゃ、おやすむ~!!
ビルの受付から見えてくる「あいさつと宗教」
さてとポテト、林やすむ[@hayashiyasumu]です。
やっと涼しい金曜日。
受付であいさつをする人の割合
ビルの受付にただ存在しつつ、通る人にあいさつをする日々。
- 80%はどちらからともなくあいさつをする人
- 15%は、あいさつをしない人及び、あいさつすれば(迷惑そうに)あいさつを返す人
- 5%は、あいさつする時はするけどしない時はしない人
だいたいこんな割合になる。
近年の日本の空気からして、②が増えていくんだろうと思う。
②の中でも実感として2パターンいる。
- 「私はあなたとは違うんです」っていう、無意識に人を格付けして、その格によって態度を変える人
- 「あなたと私は関係ありません」っていう、余計な人間関係を作りたくない人
上は男性に多く、下は女性に多い。
これはまぁ、私がオジさんだからか。
私はどちらも、クソかよと気軽に死を願いつつも「多様性」として受け入れるよう努めている。
「普通にあいさつを返さない ≒ クソかよと気軽に死を願われる対象になる」ということだけでも覚えて帰ってもらいたいものである。
あいさつする時としない時があるヤツのFBI心理分析
私が今回気になって、ハハ〜ンと思ったのが③のタイプ。
あいさつする時はするけどしない時はしないヤツ。
まぁコレも基本は②の格付けタイプなんです。
あいさつする時はどんな時かというと、他人の目がある時。
「自分は分け隔てなく誰とでもあいさつを交わすナイスガイですよ」ってアピールのために、自分より下層と判断した人間を利用するワケですね。
あいさつしない時が「本音モード」で、する時は「建前モード」って感じ。
それでも私はもちろん、クソかよと気軽に死を願いつつも「多様性」として受け入れるよう努めている。
日本人が他人の目を判断基準にするのは宗教を信じないから
ひっかかるのは、日本人ってのはなぜ他人基準で自分の行動を変えるのだろうか?ってこと。
これについて私は、「無宗教」であることが大きいんではないかなと思ったんです。
はて?って感じでしょうか。
ハイ、私は「無宗教Tシャツ」を作って売るレベルの無宗教です。
そんな私が思ったのは、宗教って「自分を信じる心」なんじゃないかなって。
公文書改ざんとか統計不正とか多いですよね。
で、それに対して断固糾弾するというよりは、自分も同じ立場だったらやってしまいかねないみたいな、ちょい同情混じりな感情も理解できてしまうというか。
それが、宗教を信じていると、
「おぉ神よ!果たして私の行いは本当に正しいのか?」
って、神(という名の自分の心)に問いかけると思うんです。
神は「正しいワケあるかい!!」って神のごとくツッコむ。
すると、神を信じてるワケですから、「そんなことするぐらいなら辞めます!」なのか「この事実を公表しますよ!」なのか分からないけども、神(という名の自分の心)が正しいと判断した方を選択すると思うんです。
言ってみれば自作自演なんですけど、ひと芝居挟むことで、自分を信じることができるんじゃないでしょうか。
それがない日本人ってのは、自分(という名の神)を信じる術がない分、自分よりも他人がよしとするものを基準にしてしまいがちになる。
責任回避みたいな心理もあるか。
昨日は、日本人には「前向きになれる根拠」が必要と言ったが、加えて「自分(という名の神)を信じる心」、つまり宗教も必要なものなのかもしれない。
なんて思ったの。
って、こんなの誰と話すことでもないから書くのさ。
じゃ、おやすむ〜!!
リーキーガット症候群(腸もれ)かもしれないけど晴れやかな気持ち
さてとポテト、林やすむ[@hayashiyasumu]です。
カラッと晴れやか木曜日。
- 2年続けたシダトレンやめた
- ロイテリ菌は花粉症に効くというよりは抗炎症作用がスゴい
- アレルギーと甲状腺から導き出された「免疫の異常」がヒント
- リーキーガット症候群(腸もれ)の症状からあやしさがもれ出す
- リーキーガット症候群が私の気持ちを晴れやかにした
2年続けたシダトレンやめた
2年続けてきた、スギ花粉症の舌下免疫療法薬「シダトレン(後継薬シダキュア)」をやめました。
細かいことは記事を読んで頂くとして、なんで効かなかったのかを考えたい。
思うのは、根本の原因にアプローチできていないだろうなってこと。
とはいえ、新しい治療なので、もしかしたらピタッと効いたりするかもっていう期待込みでやってたけども、まぁスギ花粉の時期を2回経験してみて、明確な効果も、検査数値の変化もほぼなかったってことで、もういいかなと。
ロイテリ菌は花粉症に効くというよりは抗炎症作用がスゴい
2シーズン目にたまたま摂っていた「ロイテリ菌」については、私の体感からは間違いなく効果のあるものだと思います。
ただ、花粉に効くというよりは、「抗炎症作用」があるということであって、要は「炎症に抗っている」ワケです。
最近、一ヶ月ちょい続けてたのをやめたら、一週間で坐骨神経痛のしびれがぶり返してきたのも、ロイテリ菌が体の中からいなくなったってことでしょう(※乳酸菌やビフィズス菌などのプロバイオティクスと呼ばれる体内の有益な常在菌は、基本的にはヒトが生まれた時に母親から受け継いだものがベースになり、幼児期の環境でほぼ決まっていくもので、大人になってからいくら「よい菌」を摂ったところで定着はしない。が、摂取し続ければよい作用はある。と、言われている)。
花粉症だろうと坐骨神経痛だろうと、体の中に炎症があれば抗って、人間を楽にしてくれるのがロイテリ菌ってこと。
炎症を起こす菌が大好物で、炎症のとこに集まるそいつらを食べに来るのかもしれない。
なのである意味、対症療法的というかね、やっぱり原因にアプローチできてないワケです。
まぁでもそんなん言ってたら、日々の食事自体が「死なないための対症療法」とも言えちゃうような気もしてきて、よく分からなくなってきます。
そんなんで、ツラい時期だけロイテリ菌摂ってれば、ツラくないし副作用もないので、それでもいいっちゃいいんですけど。
アレルギーと甲状腺から導き出された「免疫の異常」がヒント
さ、原因に迫りましょう。
ヒントは、アレルギーと甲状腺です。
先日、橋本病(免疫の異常で甲状腺の機能が低下する)の一歩前みたいな状況と診断されました。
で、アレルギーと橋本病の共通点。
今の記事から引用
外からの異物におかしな反応しちゃうのがアレルギーで、体内で分泌される物質におかしな反応をしちゃうのが自己免疫疾患。
私、アレルギーもなんだかんだ取り揃えてるので、要は免疫が諸々バグッてるという認識でいいんじゃないかと思います。
ってことで、免疫の異常を手がかりにサクサクと調べまくりました。
リーキーガット症候群(腸もれ)の症状からあやしさがもれ出す
そしたらね、リーキーガット症候群(腸もれ)ってのが浮上しまして、相当にコレ臭いんですわ。
前々から、リーキーガット症候群とか、グルテン不耐症とか、腸カンジダとか、遅延型フードアレルギーとか、その辺のワードはチラチラ私の前を行ったり来たりしてはいたんですが、なんとなく自分はそこまで立派な病人じゃないような気がして、そっと横っちょに置いてました。
がしかしですね、その辺がすべて関連してるっぽくて、そもそも病気ってべつに、人間が境目決めてるだけで、正常な範囲とされてたって、ちょっとした不調が、とある病気の「お豆」みたいなもんなんですよね。
で、どれかひとつがよくなればそれでいいってこともなかったりする。
リーキーガット症候群が私の気持ちを晴れやかにした
とにかく、その辺が私の日々のなんとなくの不調に大きく影響してる可能性が高いことを確信できたんですわ。
ザッと調べた感じ、エラい金がかかるとか、手間がかかるとかってこともそれほどなさそう(食べものの我慢とか摂らないように注意する必要はある)なので、適切な対応さえできれば、治るんではないかと思ってます。
いやね、なにより自分でビックリしてるのが、「治るという希望」によって、すげー晴れやかな気持ちになってるってこと。
なにごとも、「よくなる希望」さえ持てれば、前向きに生きられるような気がしてます。
前向きな気持ちの今はね!
ただ、今回の私のように「前向きになれる根拠」がなければ、ただ「前向きに」だけではムリオちゃんなワケで、するってえとつまり、今の私、否、今の日本に必要なのは「前向きになれる根拠」なんではないでしょーかッ?!
じゃ、おやすむ〜!!
ブログが二の次三の次になるのはよいこと
さてとポテト、林やすむ[@hayashiyasumu]です。
さは。
久しぶりに夜中も暑かった土曜日。
なんとな〜く、ブログを書く気にならない。
でも、今は「週二回は書く宣言」を勝手にしてるので書いておこう。
ましかし、気が滅入ってとか、悩んで書けないってことでもないので、べつにいいかなと思っている。
なんなら最近は、引き続き地味に筋トレが続いているし、プールも週イチペースで行ってたりして、なかなかいい習慣が根付きつつある。
きらきら星で挫折しかけたギターも、また触り出している。
課題曲は、ブルーハーツの「人にやさしく」だ(※今、人にやさしくって入力しようとしたら、人にやら・・ってなったよ!)。
ブルーハーツ世代が、オジさんになった今初めての曲に選ぶのは正直照れる部分はあるが、なじみがあってかんたん(私からしたら全然「かんたん」ではない!これが「かんたん」なら世の中の「かんたん」は私にとっての「困難」ばかりである!)で、弾けたら気持ちよさそうだったので。
いや、だってね、すげー楽しそうに弾いてる人がいて、それ見て「オレもこんな風に楽しそうに弾きたい!」って思えたの。
いかにも「世界の片隅」のような場所で、こんなに楽しそうにギターを弾いて歌っている。
そんなんで、とにかく「オレもこんな風に楽しそうに弾きたい!」っつーその気持ちだけを支えに、くじけそうになったらこの動画を見て気持ちを立て直しつつ、地道にやっております。
なんでみんなそんなに「弾きたい!」って気持ちを強く持って、地道な反復練習を乗り越えられるんだろうか。
本当に尊敬する。
弾きながら歌えるのもすごいし。
どーしても、歌につられて手の動きがメチャクチャになるんですよ。
ストロークっていうんですか。
あーすごい。
まぁそんな近頃だ。
じゃ、おやすむ~!!
ゴッドタンのAMEMIYA企画「○○はじめました選手権」がなんかよかった
さてとポテト、林やすむ[@hayashiyasumu]です。
先週のゴッドタン「○○はじめました選手権」がフワフワしててなんかよかった。
そもそもは、ネタギリッシュナイトというエロネタ企画での、「冷やし中華はじめました」のセルフパロディソング「ニューハーフヘルス行きつきました」。
※ちなみにこの時の優勝コンビ、ザ・ギースのネタ「SLクラブ」が、笑いながら「芸術」がチラついて、なんなら紫綬褒章とかを授けたくなるようなネタでした。
【ライブレポート】ギースやAMEMIYAに大喝采!「ネタギリッシュ」極上のエロネタ続々、矢作ら感嘆 - お笑いナタリー
でこの「ニューハーフヘルス行きつきました」が、東野や有吉などのやさぐれ系ちょい大物兄さんたちの心を震わせたりで、業界内外で話題になって生まれたAMEMIYAメイン企画。
最近なにかをはじめた芸人たちが作詞をして、それをAMEMIYAが歌い上げる。
トップバッターは、このままシレッと時々呼ばれる感じになりそうな空気階段。
嫁が里帰り出産で北海道に帰ったまま早一年。
とうとう「嫁でオナニーはじめました」。
って感じで、特に下ネタ縛りではないものの、なんとなくゲスなネタをちりばめつつって感じで進行、その他(※鬼越トマホーク、さらば青春の光、ジャンポケおたけ、宮下草薙)割愛。
終始手探りな雰囲気の中で最後に、MCのおぎやはぎ矢作がサプライズ参戦。
「父親の準備はじめました」
つい最近、第一子が誕生した矢作が、歌聴いて感動したくて書いた詞とあって、ほっこり笑いと不意にジーンとくるような内容。
ここで私が、急に声を大にして皆さんをビクッとさせたいのは、「冷やし中華はじめました」すげーなってこと。
くだらなければくだらないほど面白い歌になるし、泣ける詞なら泣ける歌になるし。
あとAMEMIYAのボーカルも。
そんな「冷やし中華はじめました」とAMEMIYAに改めて的確にスポットを当てるゴッドタンやっぱやるなってこと。
でこれ、次の放送は後半戦らしいので、ぜひ。
じゃ、おやすむ〜!!
人生再設計第一世代支援として公営プール・ジムを無料化すれば犯罪が減るかもよ?!
さてとポテト、林やすむ[@hayashiyasumu]です。
雨の金曜日。
菅田将暉くんをバカにするヤツを許さない
2ヶ月ほど前の記事。
生活習慣や趣味の偏り(手出ししやすい「見る」とか「聴く」ばかりになる)によって、日々がなんとなく退屈でモヤッとするのをどうにかしたいって話。
どげんかせんといかんと始めたのがギター。
サイレントピックも無事届き、無数に出現するギター講師YouTuberの中で、私が師事したおじさん。
今のところ、おじさんのおかげで「きらきら星」を雑に弾けるほどまでに上達した。
しかし、コードを押さえることも激難しければ、テンポを保ってコードチェンジすることも激激難しい。
ギターを弾ける人がけっこう当たり前にいることが信じられない。
コードを“ちゃんと”押さえながらとなると、一生弾けない気がする。
菅田将暉くんがバンドをやって歌と演奏を披露しました、とかいうエンタメニュースをついニヤニヤしながら見てしまう私はもういない。
ギターを弾けるだけで激素晴らしい努力や才能だし、ギターを弾きながら(聞き苦しくない)歌を歌えるなんて、それはそれは激激ものスゴイことだって分かったから。
なので、ギターはそこからイマイチ気持ちが乗らずおろそかになっている。
そんな中、ふたつの運動が習慣になりつつある。
カレンダーに㋒㋫って書けば筋トレは続く
ひとつは筋トレ。
全然たいした筋トレでなく、腕立て腹筋。
昔Tarzanで読んだ、10回3セットを30秒のインターバルでやるってやつ。
10回ってのがポイントで、ただサッサとやるんでなく、10回が限界になるようにゆっくりめにやるの。
今もこの理論が通用してるのか知りませんが、前にやってた時にもけっこう効果あったので、これでやってます。
これも今どうなのか知りませんが、筋トレは筋肉の回復期間があるから、2〜3日に一回ぐらいでいいっての。
そうすると、一回5分もかからず、週に2〜3回でいいので、かなり気楽なんですよね。
で、続けるとっかかりとして重要なのが、始めたてのかすかな変化を見つけることね。
「今までなかったとこになんか影できてない?」とか、1〜2週間ぐらいでも、絶対自分にしか分からないレベルの変化が出てきます。
するとやっぱね、気持ちが乗るんですわ。
あとはカレンダーね。
カレンダーに、腕立てしたら㋒、腹筋したら㋫って書いとく(※文字化けしてませんかね?丸ウ丸フです)。
するとやっぱね、続けとくかってなるんですわ。
で、カレンダーに㋒㋫㋒㋫書いてたら、いつの間にかいろんな日にちに「㋒㋫」とか「㋫♡」とか「㋒㋫㋫」とか娘に書かれててワケが分からなくなるっていうオマケつき。
それから、筋肉痛がなんか嬉しい。
イタタタってなりながらちょっとニヤける。
最近は調子づいて、仕事中トイレに行く度にスクワット20回とか、受付のカウンターに手をついて足を浮かせ、腕を曲げ伸ばしするトレとか、バリエーションを増やしてます。
はい、筋トレ報告は以上です。
泳げない父返上の軌跡
ふたつ目、水泳。
なにを隠そう私はカナヅチでして、中学の時は、結膜炎という理由ひとつでどこまでプールを見学し続けられるかが夏の最大のテーマでした。
この夏は、娘のクロール25m達成(学校のプールの検定合格)のため、子どもと一緒に近所のプールに行く機会が増えました。
そう、順調に行けば9歳にして父を越えるのです。
そんな中、浮き輪の息子(5歳)とノン気にパチャパチャしてるだけの父でいいのか?
私は意を決しました。
「ボクもクロールで25m泳げるようになる!」
一番の懸念事項であった「パッと見普通のフォームで泳げているのか?」問題も、先日の鵜原海水浴場でのビデオチェックでクリア(※プールは撮影禁止なので、たとえ25 m泳げてもフォームが変かもしれないという不安は拭えない)。
時々溺れそうになりながらも、けっこうすんなり泳げるようになりました(※娘いわく、下半身が完全に沈んでいるらしい)。
海パンとゴーグルも新調し、(今は)冬も通うつもりでいる。
人生再設計第一世代に公営プール・公営ジムを無料開放すれば犯罪が減るかも
ようやく本題です。
いやね、やっぱ運動ってメンタルに相当いいですよ。
まぁもちろんメンタルだけじゃないけど。
最近の事件ってみんな「人生再設計第一世代」じゃないですか。
京都アニメーションにしても、カリタス小学校にしても、事務次官の息子にしても。
覚せい剤で逃走してたヤツとか、あおり運転の宮崎容疑者とか。
にしても、宮崎容疑者の映像、見れば見るほど面白くなってきますね〜。
車がキキッと止まって、ドアがバーンッと開いて、満を持して宮崎さん登場!!
「ウリィェェーーーイッ!!!!」みたいな。
で、撮る喜本さん。
まぁいいや。
京都アニメーションとか、カリタスなんて特にそうで、ずーーっと溜め込んできたものを一気に爆発させたみたいな感じじゃないですか。
なんかしら運動が習慣になってたら、爆発するまで溜め込まないと思いません?
TVチャンピオン殺人鬼通選手権を心待ちにしていた殺人鬼マニアの私でも聞いたことないですもんね。
世を揺るがすような事件の犯人が、「日曜日の草野球だけが生きがいだった」とか「ことあるごとにゴールドジムの会員であることを吹聴していた」とかって。
そら運動だけでなくてなんでもいいんですけど、この世知辛い世の中ですから、少しでも発散しやすい環境を作ってもらえると、少しは違うんじゃないかなと。
人殺すか踏みとどまるかが、それで変わるとしたら、なかなかの策じゃありませんか?
にしても、「人生再設計第一世代」って、まったく浸透しませんわね。
こんなんじゃ、どのツラ下げて第二世代にバトンを繋げばいいんだ!
じゃ、おやすむ〜!!