『美容室気まずい問題』を解決した方法【後編】
さてとポテト、林やすむ[@hayashiyasumu]です。
今年ラスト出勤の月曜日。
最後は2019年を振り返ろうと思っていたが、「美容室の気まずさ語り」にひと記事かかって、前編後編になってしまった。
なので一応これが今年最後の更新の予定。
美容師一人の店を選ぶ
さて、肝心の気まずさ解消方法。
例のごとく、きっちりとハードルを下げるところから始めよう。
一発でどうなるものでもないし、みんながみんなそれで解決できるとも思わない。
ただ私はコレで解決できたっぽいってだけの話。
この一点に尽きるのだが、美容師一人の店を選ぶこと。
ちょい譲って、もう一人いたとしてもアシスタントで、切るのは一人の店。
なので、微塵も『美』を求めないのであれば、理髪店(理容院?)の方が見つけやすいかもしれない。
もちろん、初回は気まずさもあるし、いつもどおりくたびれる。
ただこれが、回を重ねる毎に「それほどのことでもない」と思えるようになっていくのである。
これまでなら毎回リセットされてきた、美容師との関係性。
3回も行けば、向こうとしても通ってくれるんだなって感じになるし、はっきりと「この人が来た」と認識されているのがこちらにも分かる。
すると、こちらも毎回初めてっぽくする必要もなければ、逆に、すげー「初めて扱い」してくるヤツの時に「いや何回か来てるわ」みたいな、ごくごくかすかな切れも必要なくなり、少しずつ「ありのままの自分」に近づいていくのである。
美容師一人店は美容師が経営者であることがポイント
「いやでも自分口下手やし・・」って思うのも分かる。
そんなんも、美容師一人店は包み込んでくれる。
美容師一人ってことは、個人経営、つまりその美容師本人が経営者だ。
客一人ひとりへの対応の重要性の理解が、格安店でコキ使われている多くの兄ちゃん姉ちゃん美容師とは違う。
下手に心配するより、すべてを委ねればいい。
きっと、客に合わせてほどよい距離感で接してくれるはずだ。
これはもちろん、あまりにも無礼な客ならば、相応の対応をされるということでもあるからして、客としての礼儀や一般常識はこちらも持ち合わせる必要がある。
っと、このまま続けているとなんだか変なノリになっていきそうな予感がするので、もうちょい普通に利点を語るために、ですます調に変えましょう。
まぁなんというか、少しずつ「自然な人間関係」になっていく感じです。
毎回リセットして【前編】のような心持ちでストレスためたりする必要がなくなるっつーか。
やはりですね、独立できてるってことは、カットの技術はもちろん、コミュニケーション能力も高い上に実行力もあり経験豊富ワケで、コミュ障チックな人間が頭の中だけでゴニョゴニョしてなんとなく黙ってるのを、チョチョイとほぐしてやわらげるぐらいは、なんてことない作業なのかもしれません。
まぁもちろん、相性とか当たり外れもあるでしょうけど。
やすむの声が枯れた!
私、仕事中ほぼ人と会話をしない毎日でして、たま〜に友だちと飲みに行くと2時間もすれば、声が枯れて注文が通らなくなっちゃうような人間なんです。
こないだ美容室に行って家に帰ってきてちょっとビックリしたんですけど、声枯れてたんですよ。
知らず知らず、けっこうな会話をしてたようで。
おまけに「こんなんどうですねかね?」みたいな髪型の相談なんかしちゃって、これまでよりシャレオツ気味なカットにしてもらったりして。
バリカンセルフ刈り上げはいいことだらけ
であと、「月に一度」という、社会に出たら仲のいい友だちでもそんなに会わないだろうという高頻度散髪システムの間隔をあけるためと、節約のために、ツーブロックの刈り上げ部分をバリカンでセルフにしました。
今までの私なら、バレないようにやってとぼけて、またひとつ「ウソをついている自分」を抱えながら生きるところですが、ちゃんと美容師さんにも言って。
そしたら「ここはこんな感じでやった方がいいですよ」とかアドバイスまでくれたりして、コミュニケーションにもなり、余計な心の荷物を抱えることにはならず。
でこのセルフバリカン、通常は月に一度美容室に行かなきゃ味わえないサッパリ感がやるたび味わえて想定外に気持ちいい上に、美容室の間隔も2ヶ月になってます。
床屋代半額になって、気持ちよくて、2ヶ月にいっぺん行けばいいって、いいことだらけなんですわ。
まぁ、こんな感じで、最初は価格につられて行き始めたんですが、徐々に「なるほどな〜」みたいな感じになり、声が枯れたところで書いてみた次第です。
そんなこんなで、去年もいい年でしたし、今年もまたとってもいい年になりました。
もうちょい丁寧に振り返りたいところでしたが、時間もないので雑に終わりましょう!
ではでは、よいお年を!!
じゃ、2019年最後のおやすむ〜!!
『美容室気まずい問題』を解決した方法【前編】
さてとポテト、林やすむ[@hayashiyasumu]です。
土曜日。
1000円カットを卒業して美容室に通うオジさんの気持ち
なにを隠そうワタクシは、オジさんでありながら、否、オジさんであるからこそ、1000円カットを卒業し、ここ数年は美容室に通っている。
十代からのことで、美容室だとか美容院というワードに対して「男が『美』なんか求めてんじやねえよ!」という反発心は今だって変わらずある。
ただ、今は「失われし若さを、美容室で得られるささやかな『美』で補えるのであれば」そんな淡い想いが反発心と共に暮らしている。
そんな反発心もあって、中学までは赤青白が回っている理髪店に気まずく通い、高校からはQBハウスや(QBハウスよりも気持ちオシャレ感のある)その他の1000円カット的なところに気まずく通った。
まぁもちろんお金の問題もある。
髪を切る=月イチの『気まずさガマン大会』
私にとって、髪を切りに行くことは、月に一度の『気まずさガマン大会』だ。
だいたい、突然知らない人とペアにさせられて、まず自分から、自分が頭の中に描いている理想像を言葉にして具体的に伝え、その理想の自分になるために「こうして下さい」と、頭を下げてお願いするなんて、コミュニケーション能力の要求レベルが高すぎやしないだろうか。
そんなことが苦もなくできるなら、ビルの受付でコソコソブログを書くオジさんにはなっていない。
『指名』という名の告白をしてまで『美』を求めるのか
それが美容室ともなれば、こちらの心の奥底には少なからず『美』を求める心が渦巻いており、相手もそれを承知の上だという前提のもと、諸々のやりとりを完遂させる必要があるのだ。
今通っているところのひとつ前の美容室では常にそんな精神状態で、行く日だけでなく、髪が伸びてきてその日が近づいてくる毎日がストレスになった。
月イチの予定の前の10日ほど、毎月の三分の一、言い換えれば人生の三分の一が、美容室によるストレスに蝕まれる。
店には常時3人ないし4人の美容師がおり、その中の誰かがつくことになる。
指名はしない。いや、できない。
余分なお金がかかることももちろんあるが、ここまで書いてきた苦行のごときやりとりに加えて、さらに自分の方から「あなたに切ってほしい」という、限りなく『告白』に近い感情の伝達をしなければ目的を果たせないのが『指名』だからだ。
店内で共有される私の一挙手一投足
そして毎回、望むも望まぬもない誰かがつく。
そして毎回、なんとなく「コイツ何回か来てるよな」という事実をお互いにやんわり知らんぷりしつつ、ゼロから苦行のごときやりとりをする。
基本、最低限のやりとり以外は無言で過ごすため、たまたま2回続けて同じ美容師に当たると、なおツラい時間になる。
私の行く時間帯は、比較的空いていることが多く、賑わっていればなんとなくごまかされる沈黙や、はたまたちょっとした会話など、私の一挙手一投足が、ついている美容師だけでなく、他の客、その客についている美容師、奥で休憩しているであろう美容師にも共有されている感覚もまた、たまらなく気持ち悪いのだ。
おっと、『美容室の気まずさ語り』だけで時間がきてしまった。
続きは週明け!
じゃ、おやすむ〜!!
ニューヨークが林やすむ賞受賞【M-1グランプリ2019素人審査】
さてとポテト、林やすむ[@hayashiyasumu]です。
だいぶ暮れてきた月曜日。
- M-1グランプリ優勝はミルクボーイ!林やすむ賞はニューヨーク!!
- M-1トップバッター問題はこれからも続く
- 伏線回収はM-1に向かないのでは?
- テレビでおなじみの実力派芸人のM-1優勝はこれからますます難しい気がする
- (私の)敗者復活は「くらげ」!次点ロングコートダディ
- 金属バットのワイルドカード(準決勝返り咲き)が分かりづらかった
M-1グランプリ優勝はミルクボーイ!林やすむ賞はニューヨーク!!
M-1見ました?
優勝はもう文句なしでミルクボーイでしたね。
準優勝はぺこぱ。
いやなんか久しぶりにトータルで面白いM-1グランプリでした。
で、今回の面白かったM-1に導いたのが、トッバッターのニューヨークだったと私は思っとるんです。
こういうのって、一番手二番手あたりまでは客も演者も固くて、どうしても笑いが起こりづらくなりがちじゃないですか。
南千住のお笑いライブだってそうなんですから、M-1グランプリともなればその緊張感たるやいなやってなもんで。
そんな中、トップバッターで会場的にもけっこうきっちり笑いをとってて、テレビの前の私も笑って、ネタ後の松ちゃんとのやりとり(松ちゃんの発言内容には軽くモヤッとさせられたものの)でも場の空気をかなりほぐしてくれたんですよ。
その割に、審査員の採点がずいぶんカラい(※他のいろんなネタ見てからだとまぁテクニック的な目新しさはなかったのかなぐらいは思いましたけど、にしてもって感じ)。
いやコレね、本物の審査員と素人審査経験者の方なら分かると思うんですが、最初のうちに高得点って確かにつけづらいんですよね。
まぁ自分自身探り探りだったり、後々すげー面白いのが出てきたりとか、点差を多めにつけたい時のために、高得点側をあけときたいみたいな。
そんなんで、審査状況的にだいぶ損してましたよね。
あとは個人的な気持ちで、ニューヨークって2年ぐらい前あたりとか、なんとなくチョコプラかニューヨークかぐらいの時期ありませんでした?
今この、明暗くっきり分かれて、すっかり期待されていない中で、(私の採点としては)実力を示してくれた感じが嬉しくもあり。
M-1トップバッター問題はこれからも続く
でその、トップバッター問題ってのは、今後もM-1の存在が大きくなればなるほどそうなっていくワケで、再開後あたりからのM-1が私の中で今ひとつ弾けきらなかった原因を、今回のニューヨークがはっきりさせてくれた気がするんですわ。
一番手二番手までで、いかに会場の空気を暖めるかが、番組全体の盛り上がりに直結するっつーか。
去年の見取り図なんか分かりやすくて、トップバッターで「伏線回収」張り巡らせるなんてしちゃダメなんですよね。
見取り図に責任はないんだけど、自分たちがコケると同時に、番組全体の出足をくじくことになっちゃってたんでないかなと。
伏線回収はM-1に向かないのでは?
ついでに、今年も出てきた見取り図について言うと、やっぱその「伏線回収依存症」を脱してほしいなと。
(あ、伏線回収ってのは、その時はなんのことだか分からなかったり、そこそこ面白かったりするようなボケを散りばめておいて、しばらくしてから「こういうことだったの!?」みたいにタネ明かしするテクニックのことですハイ。)
伏線回収ってギャンブル性が強いっつーか、お客さんとの呼吸がハマれば、笑いがどんどん増幅してって気持ちいいんでしょうけど、うまく噛み合わないと丸々ムダになりますよね。
敗者復活のカミナリが、そんな感じでうまくいってませんでした。
見取り図は、回収までが長いわりに派手なボケじゃないので、なおさら難しいような。
おっと、こうやって顔も出さずに、体一つで舞台に立つ芸人さんたちにダメ出しするようなマネはしたくないんでした!!
ついついスイマセン!
テレビでおなじみの実力派芸人のM-1優勝はこれからますます難しい気がする
もう一個思ったこと。
テレビでおなじみの芸人の優勝は、これからしばらくないんじゃないかなって。
優勝のミルクボーイがそれを象徴してますけど、今年の顔ぶれを見てると、これだけの実力者たちが「無名芸人」として、一撃必笑(ダサい言い回し失礼します。)な感じでひたすら牙を磨いてる間に、馬車馬のように(どうでもいいような仕事も含めて)働かされながらネタ作って舞台立ってって、相当なハンデですよ。
単純に「見たことあるネタ」率も高くなりますし。
あと、珍しく上沼恵美子に共感してしまったんですけど、(からし蓮根のコメントの時だったかな?)和牛に対して、「余裕な感じが腹立つ」みたいにまくしたててたじゃないですか。
今年でいうと、和牛、かまいたちがそんな感じで、いわゆる実力派的な芸人のこなれ感がなんとな〜くいけ好かないっつーかね、最終3組には残って当然みたいな顔してるような、確かにそんなムードを私も感じたんですよ。
まぁ、和牛水田、かまいたち山内の二人のサイコパス感の影響かもしれませんが。。
そんなんで、テレビでおなじみの実力派芸人の優勝へのハードルが上がってくるんではないかなって。
(私の)敗者復活は「くらげ」!次点ロングコートダディ
ミルクボーイ、ぺこぱ、からし蓮根、オズワルドあたりは、今後も出てくるでしょうし、敗者復活にも初見の面白いコンビいたんですよねぇ。
私の中の、敗者復活勝ち上がりは「くらげ」でした。
「分かんねえけど」って言いながら、女の気持ちを分かりすぎてる男のネタ。
次点は「ロングコートダディ」。
天ぷらと3対3で合コンするネタ。
くらげが勝ち上がってあのネタやってたら、すげーハマった気がするんですけどね〜。
初見だった2組が、私審査の敗者復活上位2組だったのもなんか、(勝手に)今年の面白かったM-1の予兆になってましたわ。
金属バットのワイルドカード(準決勝返り咲き)が分かりづらかった
敗者復活といえば、準々決勝で敗退した金属バットがワイルドカードで準決勝に返り咲いたとかってネットニュースを見て、てっきり敗者復活に出てくるのかと思ってたら、いなくて残念でしたわ。
かき回してくれそうだったのに。
さてさて、ザッーとそんな感じ!
あとはまぁ、番組開始早々トップバッターでそれなりに仕事をしたニューヨークに「ツッコミが好きじゃない」なんつー、その後の演者にまで変なプレッシャーをかけるようなコメントしたり、あの流れで最後に一人かまいたちに票を入れる松ちゃんのズレがやっぱり気になったぐらいです。
つってもなんだか、来年以降が楽しみになる2019年のM-1グランプリでした。
じゃ、おやすむ〜!!
これからの日本でしあわせに生きていく難しさ【後編】
さてとポテト、林やすむ[@hayashiyasumu]です。
土曜日。
昨日の続き。
日本はもはや経済大国でもなんでもなく、ただの「安い国」になってて、そんな安い国の中で「お金=しあわせ」で生きていくのってしんどいだけやん?って話。
なんかもっと続けられそうな気がしてたんですけど、だいたい吐き出せたっぽいので、ファンタジックにいきましょう。
バブル崩壊からずーっと景気回復景気回復って言い続けてるのに、世界で唯一「貧困化」してるって、もう完膚なきまでの大失敗じゃないですか。
それでもなお、「生産性向上!」なんつって、心の中ゾンビになってる下級国民たちの手ェ引っぱったって、肩からブチッとちぎれちゃうだけだから。
とにかくもう、お金を追いかけるのはやめましょ。
失敗したんです。
それでいいじゃないですか。
みんなで別の方向に行きましょうよ。
もうね、他の国が二度見しちゃうぐらいのあさっての方向に。
政治家は子どもがやるとか。
スマホ所持は逮捕とか。
テレビ廃止とか。
禁煙義務化とか。
宗教義務化とか。
多夫一妻制とか。
大家族政策(全員ビッグダディぐらい子作りしなければならない)とか。
ポイ捨て死刑とか。
老人国外追放(60歳を過ぎたら外国で暮らさなければならない)とか。
一人暮らし税(一人暮らしを割高にして人とのつながりを保つ)とか。
遺産相続廃止(国民に分配)とか。
怒鳴ったら死刑とか。
電車でリュック背中に背負ったままだったら死刑とか。
イヤホン音漏れしてたら死刑とか。
えーっと、あとは・・
っと、もういいですかね。
今日のところはこれぐらいにしときましょう。
いや、いい悪いとか、できるできないとかでなくてね。
「過労死の安い国」より、「子どもが政治家のポイ捨て死刑の国」の方がなんか興味深いじゃないですか。
「なにこの国!?」って。
とにかくね、とりあえずもうここまでは失敗しましたってことで、一旦しっかり謝って区切りをつければいいんですよ。
この辺も国民性っつーかね。
国民が失敗を許さないから失敗しましたって言えなくてごまかしちゃうワケで。
でもそんな教育とか環境を与えてきたのは政治の影響が大きくてって。
でこんなふうにどっちが悪いとか突き詰めだしたりしてね。
なんかまぁとにかく、教室も国会も職場も家庭も全部「まちがうところ」でいいんですってば。
じゃ、おやすむ~!!
これからの日本でしあわせに生きていく難しさ【前編】
さてとポテト、林やすむ[@hayashiyasumu]です。
- 経済大国だった小さな島国の行方
- 根づいた「思い込み」のやっかいさ
- 「安くする」「楽させる」「依存させる」にコントロールされる人々
- 「お金=しあわせ」にとらわれすぎ
- この20年の間に世界で唯一「貧困化」した国「日本」
経済大国だった小さな島国の行方
いやね、最近ますます、これからの日本でしあわせに生きていくの難しくない??ってのをビンビン感じるんですわ。
個人的な頭の整理(ってゆーか吐き出し)になるので、なんかまぁツラツラと書く感じになります。
最低限の知識もない、高校中退のビルの受付係の感想文でしかありませんから、読み流してもらうだけでもありがたいぐらいのものです(どうですこの徹底した自己卑下によるハードルの下げっぷり!)。
前々から、時々ふと思っては忘れてを繰り返してたんですけど、アジアの小さな島国を経済大国と呼ばれるまでにできた人たちがなぜ、日本がこうなるであろうことを(おそらく)予想していながらそれを防ぐなり、よい方向に向かわせることができなかったのかなってこと。
って、それはまぁそれだけの話なんですけど。
なんか、戦後のGHQの占領からの影響が大きいようなことをネット記事から読み取りましたが、こっから書くのは抽象的なザックリ思っただけのことです。
根づいた「思い込み」のやっかいさ
自分の中で「そういうもんだ」って当たり前になっちゃってるモノゴトを外からの働きかけによって変えることの難しさね。
大きくふたつのことを思うんです。
ひとつ、乱暴に言いますよ。
「バカの行動が止められなくなる」
日に日にそういう世の中になっていくんだろうなってこと。
日本の「問いと答え」だけの教育と環境の中で得られた「思い込み」だけで生きている人間が大量にいる。
ホントは、ちゃんと頭のいい人たちがそういう人たちを引っぱり上げて、みんなでできるだけ心地よく生きていくのが理想。
なんだけど、上でも言ったように、人の思い込みを外からの働きかけで変えるって、そうかんたんにはいかないと。
いくら本質的なことを説明したところで「偉そうに指図するな」みたいに反発されるだけ。
すると、頭のいい人たちも面倒くさくなって、身近な人だけに必要なことを理解させて、自分たちの利益だけを確保する。
そして、本質を理解させるのは難しくても、コントロールするのはかんたんな人たちを、自分たちの利益や安定をより強固なものにするためにコントロールするようになる。
「安くする」「楽させる」「依存させる」にコントロールされる人々
「安くする」「楽させる」「依存させる」
格差社会なんて他人事としか思っていないそいつが、どんどん格差の底辺に追いやられていることにも気づかずに、自分の思い込みだけを信じて生きてる。
そのままなにも気づかないで死んでいければむしろしあわせで、いろいろ知れる社会で、くたびれ気味のオジさんになってから中途半端に気づかされるビルの受付係あたりが一番しんどいのかもしれない。
そんな感じで、格差社会はまずまちがいなく進んでいく。
でいよいよ心配なのが冒頭の、「バカの行動が止められない」ってこと。
数が多いことが怖い。
元々はきっと、コントロールしやすくするために「考えさせない教育」みたいなことをしてきて、それがうまく転がって経済大国と呼ばれるまでになったんだろうけど、やっぱインターネットなんですかね。
いろいろ見えたり知れたりするようになって、それをいい(と思われる)方向に活かす人も増えたでしょうけど、圧倒的多数の「考えさせない教育」を施されただけの人々は、これまで以上に「欲」とか「妬み」とか、本能的な反応に任せて行動するようになる。
この先、ちょっとしたきっかけで、そういう人たちの本能にビビッと反応するリーダーが現れて、大多数のバ、、いや、「本能派」の人たちを煽って引っぱっていけば、多数決で「本能派」に都合がいい(とみせかけてエリート層ばかりが得をする)社会にどんどんなっていくでしょ、きっと。
ってもうなってるのかな。。
「お金=しあわせ」にとらわれすぎ
思うことのふたつ目は、「お金=しあわせ」が強すぎるってこと。
その価値感をそのままにして、これからの日本で生きていくとなると、しんどいだけだろうなって。
自分が常に(主に経済的に)上位2割〜3割の中に入っていなければならないってな感じになるワケで、常にそれにとらわれるだけで、もうしあわせもクソもないっつーか。
この20年の間に世界で唯一「貧困化」した国「日本」
コレ、衝撃的すぎて丁寧にツイートしちゃいましたよ。
これドえらい衝撃的。
— 林やすむ@生きづらいいとも! (@hayashiyasumu) 2019年12月19日
この20年で見れば、世界で唯一日本だけが「貧困化」してるんですと。。
日本が先進国なんて思ってるの、もはや日本人だけやん。。
#令和日本・再生計画 @tmaita77 pic.twitter.com/WYvZtY5Uri
このグラフの一番下が日本ね。
この20年で見ると、世界で唯一日本だけが「貧困化」してるんですと。
すべての国が着実に歩みを進める中、20年間その場で足踏みしてて、気づいたらなんならちょっと下がっちゃってた、みたいな。
そらまぁ、カウント開始の頃がよかったってのも多少はあるのかもしれませんけど、20年ですからね。
要は20年がかりで「経済大国」から「世界最安の国」になったんですよね。
あわせて読むとデータ通りやなってのがより理解できます。
中国人の爆買いってのも、(当時ただ「ふーん」って思ってただけでしたけど)まさにそういうことだったんですかね。
(当時としては)高品質で、安い(安くなった)から買いに来たと。
今では「高品質」という差別化さえなされなくなり、対象がモノではなくコトに移って、観光地に外国人が押し寄せてる、みたいなこと?
なんか、社会ってすごいですよね。
分かってる人はちゃんと得するように動いてて、分からない人はそれをポカーンと見てるだけっていう。
京都にあんなに人が来るのも、「安い国のいいトコ見に行こーゼ」ってなもんなんですね。
でそういうのをテレビは「ようやく日本のよさが理解されてきた!」みたいな能天気な解釈で、本能派の人たちを考えなくさせてコントロールすると。。
もうちょっと書きたい感じになってきたので、多分明日に続きますハイ。
じゃ、おやすむ〜!!
続きこちら↓
オミソ・シルコ氏へのオマージュ記事【私に一番苦かった東京「浅草」】
さてとポテト、林やすむ[@hayashiyasumu]です。
金曜日。
「ぬか漬けは一日にしてならず」のオミソ・シルコ (id:uminekoblues)さんがキャンペーンお題で、ななんと大賞を受賞した!
いやはや我がことのように嬉しい。
えぇそう、我がことのようにというか、我がことにもすり替えつつ喜べることが嬉しい。
どういうことかって?
オミソ・シルコといえば、「フタケタの輪!」出身でしょうが!!
※フタケタの輪!で紹介されると、こういう時に「出身者」扱いされることになります。
そんなワケで、ただご紹介するだけでは私の気が済みませんので、大賞受賞作【私に一番近かった東京「浅草」】へのオマージュ記事を書きましょう。
ではどーぞ!!
【私に一番苦かった東京「浅草」】
オミソ・シルコ氏の【私に一番近かった東京「浅草」】を読んだ。
おなじみの、そこはかとないシルコ風味を味わいつつ読み切ったものの、私の「浅草観」との落差もあって、特にメッセージを送ることはしなかった。
私にとって浅草は苦いのだ。
高校に入って仲良くなったクラスメイト数人のうちの一人、Yくんの地元が浅草だった。
高校では唯一、四十路を過ぎてもつきあいが続いていたYくんと一年前に縁を切ったことが、浅草が苦い理由である。
(※念のため断っておくと、浅草の皮をかぶったYくんの話でしかないので、SUUMOキャンペーンの追加特別賞は辞退させてほしい)
友人に対し「親友とそれ以外」といった区別はしないが、出会った高校時代からお互いが社会を知り始める頃までの間なら、一般的にそういわれるくらいの関係だったかもしれない。
笑いの感覚をはじめ、いろんなことが伝わる相手だった。
縁を切る前の五年ほどは、積み重なった諸々にお互いなんとなく気持ち悪さを抱えていたからだろう、年に一度連絡をするかどうかで、会ったのは一度か二度だったと思う。
先に限界に達したのはYくんの方だった。
生存確認がてら送ったLINEでの冗談がこじれ、Yくんは私に怒りの感情をぶつけた。
怒りをおさめる方向で何往復かやりとりをしたものの、最終的に私の方から提案し、双方合意のうえで縁を切ることになった。
中年がLINEで縁を切る時代である。
テレビの笑いが丸くなるのに合わせて、友人同士の冗談さえも、より丁寧にオブラートに包むべきだったのだろう。
社会の変化は友人関係も変える。
突然といえば突然ではあったが、覚悟らしきものは常にあった。
最後のきっかけはYくんの怒りとはいえ、その原因を積み重ねたのはきっと私の方だ。
「申し訳なさ」と「ンなもん知るかよ」というふたつの感情がある。
削ぎ落とすと、Yくんは私に対していつからか「変わってしまった」と感じていて、自分自身は変わっていないつもりでいた。
それゆえ、社会に出て少なくなるコミュニケーションの度に、大なり小なり違和感を感じたり幻滅させられてきたのだと思う。
私の方に気づかいが足りなかったと自覚している出来事もあるが、基本的にはやっぱり「ンなもん知るかよ」なのである。
私の変化は私が消化し対応することであって、それによる他人のがっかりやストレスまで、私が背負わされる筋合いはない。
Yくんの中の「私のイメージ」に年々沿わなくなっていく目の前の私が気に食わなかったのだろう。
自分自身、歳を重ねるにつれ面白味のない人間になっている自覚はある。
反面、まちがいなく人生はよい方向に進んでいるが。
哀しいかなキミと縁を切ったことも、人生のためのよい選択に今のところはなっているよ。
そしてひとつ「ンなもん知るかよ」よりも大きな「申し訳なさ」がある。
Yくんをそうしてしまったのは私なのかもしれないという申し訳なさだ。
出会った頃のYくんは、どちらかといえば社交的で、どちらかといえば「陽」のキャラクターだった。
私はというと、典型的なダウンタウン症候群。
芸人になるとかそういう意味ではなく、ただ漠然と松ちゃんと通ずる感覚を持った何者かになれると思っていた。
なにも知らないくせに斜に構えて他人を見下して、テンション上げないのがカッコいい、みたいな。
振り返れば恥じるべきところなのだが、当時の同世代からすると感覚的な面で早熟だったのか(って本人的にそんな意識はなく、なんとなくの周りの扱いから感じるに)、ちょっと「なにコイツの感じ」みたいなのはあったように思う。
そんなところから、意図せず「ひねくれた人間側」に引き込んでしまったというか。
中年以降のYくんに、出会った頃の「陽」の雰囲気はない。
そしてそれが、Yくんにとってよい影響があるようにも見えない。
そんな姿に、ただ一方的に申し訳なさを感じている。
おそらくYくんはこれからもずっと浅草にいる。
私にとって浅草は、これからもずっと一番苦い街であり続けるのだ。
おわり
じゃ、おやすむ〜!!
書籍化記念! SUUMOタウン特別お題キャンペーン #住みたい街、住みたかった街
気軽に「傘貸して」って言えない人は人生がつまらなそう
さてとポテト、林やすむ[@hayashiyasumu]です
冷え込む週明け月曜日。
私の働くビルの受付には、どこの誰の物か分からない傘が常に7、8本ある。
そして、ビルで働く人々は、その薄汚い傘たちをけっこうアテにしている。
コンビニに行く時や、ポストに行く時など、ちょっとした外出時に雨が降っていると、「傘貸して下さ〜い」なんつって傘を持っていく。
いついかなる時も100%アテにしてるヤツを見ると「一日中雨の時は自分の傘持ってこいや」と思う反面、気軽に頼んじゃえる感覚がうらやましくもある。
一方で、その傘の存在に気づいていながらも、「傘貸して下さ〜い」を言わないor言えないで、自分の傘を取りに戻る人もけっこういる。
私は傘貸し屋さんではないので、積極的に傘を貸しにかかることは特にしない。
借りない理由はいろいろあるのだろう。
・なるべく貸し借りをしたくない
・得体の知れない薄汚い傘を持ちたくない
・得体の知れない受付係にほんの少しでも頭を下げたくない
・余計なコミュニケーションをとりたくない
・話しかける勇気がない
などなど。
見てて感じるのは、そんな人たちはたいがい「いつでもつまらなそう」ってこと。
そういえば、(読んでみたらそんなこと全然書いてないが)あいさつの記事の時も似たようなことを思った気がする。
ついでに、あいさつで最近気づいた。
あいさつをする時に、顔を向けない(当然目を見ない)のは、「存在否定」のメッセージであるということ。
「あなたは私にとっていなくてもいい人ですよ」ってのをわざわざお届けされていると思っていい。
あなたの職場にも一人ぐらいいるのではないだろうか?
もし自分がそれをする方だとしたら今すぐやめてほしい。
あなたの発散にならないばかりでなく、世の中にネガティブな空気をバラ撒いているだけだから。
受付にあいさつをしたくないタイプの人間は、もれなくこちらに顔を向けずに無表情で足早に通り過ぎる。
そんな時私はやっぱり、クソかよと気軽に死を願いつつも「多様性」として受け入れるよう努めるのだ。
そういうヤツはそういうヤツで、(自業自得な)闇を抱えている。
それに気づかずに生きているから、やっぱり常につまらなそうだ。
そうそう、傘の話。
「傘貸して」が言えないってのは、
・気にしすぎ
・つまらんプライド
・真面目すぎ
・遠慮しすぎ
・人見知り
ってな感じで、マイナスっぽい要素が大きい。
自分自身、ここまで受付側から偉そうに好き勝手言ってきたが、実際逆の立場なら言えないタイプになると思う。
人見知りとか真面目とか遠慮とか、そんなのの入り混じり。
そろそろ終わろう。
結局のところ、「気軽に人に頼れるぐらいの方が楽しく生きられるんだろうな」っていう、ごくごく普通のことを長々と書いて読ませただけのことである。
ああ、すまなかった(※だである調の謝罪は偉そうで謝罪になっていないと思うのは私だけだろうか)。
じゃ、おやすむ〜!!
ルサンチマン浅川さんのnoteをクリエイター紹介プログラムで書籍化してはいかがでしょう!?
さてとポテト、林やすむ[@hayashiyasumu]です。
木曜日。
前回記事のお笑いライブ。
このライブの演者の一人であった、ルサンチマン浅川さんというピン芸人。
ちょっとしたお笑い好きの私が「知っている」と言えるのは、ガッポリ建設小堀さん、チャンス大城さん、アマレス兄弟さんあたりまでで、私の中でルサンチマン浅川さんは当日知った「その他の出演者」でした。
が、ネタで笑わせてもらって、どんな芸人さんなのかなと、とりあえずのウィキペディア。
分かったのは、元々はルサンチマンというコンビで活動していたこと。
結成2年目でM-1グランプリの準決勝進出。※無名事務所の無名芸人が2年目でM-1準決勝ってメチャクチャすごいことです。
そして、相方のよしおさんが5年ほど前に33歳の若さで亡くなっていたこと。
ここで私「ンン?」っとなりました。
で、ちょっと調べてみたところやっぱり。
早すぎる死が悔やまれる... 志半ばにして早死する無名若手芸人 (2015年9月5日) - エキサイトニュース
かなり前の記事ですけど、けっこうちゃんと読んでて、「あぁ・・」ってなったんですよ、その時。
芸人の死ってなんか落ち込むんですよね。
私の場合、フォークダンスDE成子坂の村田が死んじゃった時ってけっこうな衝撃だったんです。
まぁその前に、成子坂解散して桶田がお笑い辞めちゃったこともすんごい残念でしたけど。
いやそんでね、記事の「ルサンチマン浅川」がこの人なんだって、なんか勝手につながったというか。
まったくの他人事だったのが、グイッと自分事寄りになってしまって、今こんなふうに書いてみてる感じ。
なにげなくツイッターのプロフィール欄のリンクにあったnoteを読みました。
この「19才の時の話」。
徳島の公立高校から早稲田大学受験に失敗するも、予備校に通うため徳島から上京。代々木ゼミナールの寮での浪人生活から始まります。
ちょっとでも読んでみました?
この先、時系列話だけでなくて回想も多いんですけど、登場人物とかエピソードとか、なんかこう、甘酸っぱいとはちょっと違う、甘じょっぱい感じが漂ってるというか。
アメブロに書いてあったものを手直ししつつnoteに移行してるみたいで、全何話までいくのか分かりませんが、今上がってる24話まで、ビルの受付で2日がかりで読んじゃいましたよ。
普通に小説です。
甘じょっぱい系ノンフィクション青春ストーリー。
noteの人!書籍化どうですか?!
noteでは出版社へのクリエイター紹介プログラムをはじめます。|note公式|note
そんでね、アメブロの方もつまみつまみ読んでみると、相方さんが亡くなったあとにも、ご本人が世話になってた元芸人さんが若くして亡くなってて、自分で「インディーズ芸人界のおくりびと」なんて書いてましたが、なんかそういう星の下に生まれてしまったのか、ルサンチマン浅川の周りを「芸人の死」が取り巻いているような。
うっすらもう一個あった。
学生時代に組んだコンビの名前が「ぼりゅうむ車体DE冬景色」だそうで、前出の、フォークダンスDE成子坂へのオマージュだと書いてある・・・。
なんの関係もない私でさえ、あまり関わると早死にするかもと、書きかけた記事を、思わず消しそうになってしまいました。
おっとっと、一応ご本人にも読んでもらえるつもりで書いているというのに、なんだか好き勝手に書きすぎですわね。
大きすぎる哀しみを糧にして、さらに大きな花を咲かせてくれることを祈っております!
さて、アメブロの方にまだ、読み応えのありそうなシリーズ記事があるので、皆さんもぜひぜひ。
じゃ、おやすむ〜!!
ガッポリ建設小堀さんがザ・ノンフィクションに密着されてるらしい
さてとポテト、林やすむ[@hayashiyasumu]です。
火曜日。
ガッポリ建設小堀さんが南千住でライブ
ガッポリ建設の小堀さんが、ライブのために来南(南千住に来ること)されるということで、家族総出でチャリンコ突撃してきました。
場所は「野良犬道場」というキックボクシングジム。
会場に入ると、タイミングよく小堀さんが近くにいたので、「だいぶ前に北千住の路上で声をかけた者です!」と大味に伝えたところ、一拍おいて思い出してもらえました。
小堀さんにザ・ノンフィクションが長期密着しているらしい!
「今日はネタというよりグチだよ!」
ガッポリブログでも、近頃なにやら様子がおかしかった。
ガッポリ建設小堀さんが疲れている。。>> ノイローゼ? https://t.co/wKfTNkuvlT
— 林やすむ@生きづらいいとも! (@hayashiyasumu) 2019年11月14日
ちょこっとお話させて頂いたところによると、現在の所属事務所であるワハハ本舗の社長、喰始(たべはじめ) 氏とソリが合わず、なんだかんだとバチバチしてるそうです。
そしてなんと、(舞台上でも話してたので、オフレコ話ではないと勝手に判断して書いちゃいますが)そんなアレコレも含め「ザ・ノンフィクション」が長期密着してるとのこと!
いや楽しみです。
ちなみにこの日はカメラは来てませんでした。
ざっくりライブレポート「第3回 ジョイフル寄席 IN野良犬道場」
で、レポートってほどでもありませんが、ライブの話もしましょう。
トップバッターの石黒ヨンペイさん(マジックとか皿回しとかする中学生!)とか、腹話術のポンちゃん一座さんなど、私たちのようなすさんだ心の大人(勝手に読者巻き込み作戦)は、なんとなく死にかけた目で見てしまいがちなんですが、子どもたちの素直な反応を見てると、「あーなんかこういうのもステキやな〜」ってなりました。
ルサンチマン浅川さん
私的にこの日一番笑わせてもらったのが、ルサンチマン浅川さん。※ちょい下画像の「ハゲた葉加瀬太郎」みたいな人
胡散臭いIT起業家的なキャラで、お金の稼ぎ方を教えるとか言ったあとに、大衆的な飲食店への疑問を大声で叫ぶんですけど、イチイチちゃんと起業家っぽいことを言ってから、「松屋の〜!」とか叫ぶのが面白くて。
行って思って、静かに食べて帰って、舞台上で叫ぶ。みたいなとこまで勝手にイメージしました。
インタレスティングタケシさん
吃音芸人(と呼んでいいのか?)インタレスティングタケシさんについては、脳みそ的にどう対応すればいいか迷うというか、芸人として出てきてるんだから笑えばいいんだけど、やっぱりそらツラい思いしてるんだろうなとか考えちゃいますわね。
チャンス大城さん
チャンス大城さんの代名詞、「会議テーブルに仰向けで寝そべって背中でいろんな音を鳴らすヤツ」を生で満喫できました。
私のイチオシは「古い洋館の扉が開く時の音」です。
ライブ後にちょこっとお話できて、なんでしょう舞台上と素がまったく同じで、裏表のない感じのすげーいい人でした。
12/14(土)の「細かすぎて伝わらないモノマネ選手権」に出演予定とのこと。
フジ「細かすぎて伝わらない」12・14放送! ゲスト出演の川口春奈「お腹の底から笑った」 - ライブドアニュース
小堀敏夫さん(ガッポリ建設)
最初は落語家スタイルで登場して、前述のザ・ノンフィクションの話とか、ワハハの社長とあの落語家はホモだとか、その昔、北千住に「毎週金土におしっこを垂れ流しながら歩いているおじさん」がいたとか。
帰宅後、娘(小3)から「北千住って異常なの?」と聞かれたので、「そんなことはない。小堀さんは北千住が大好きだからああいうことを言うんだよ」と、我が子の心のケアをしておきました。
アマレス兄弟さん
で最後に、私、アマレス兄弟さんと舞台上で共演させて頂いちゃいましたよ!
ロシアのレスラー(だったかな?)のテーマ曲に合わせてポーズをしつつジェンガで対決みたいので、私の横にいた酔っぱらいのお客さんから「パパ!」って指名されて。
いい勝負でしたが、惜しくも破れました。
そんなこんなで、テレビでも活躍している芸人さんをはじめ、濃い目のメンツでありながら子どもも楽しめる、とってもステキなお笑いライブでした。
会場内でビール(私のビールは八割方凍ってましたが)と餃子とかフライの盛り合わせとか飲み食いしながら見られるのもよかったですハイ。
最後の最後に、さっきの酔っぱらいのお客さんに若干イラつきつつ仕事をこなしていた、万福さんというコンビもいたことを今思い出しました。
じゃ、おやすむ〜!!
不動産業経営者の女子中学生誘拐に見る「現代社会の新たなつながりの形」
さてとポテト、林やすむ[@hayashiyasumu]です。
雲ひとつない金曜日。
不動産業経営者が女子中学生を誘拐
昨日のニュース。
不動産屋業の男が、ツイッターで声をかけた女子中学生二名を仕事場に住まわせて、将来従業員にするために不動産の勉強をさせてたって。
妙に妙なニュースです。
こんな妙なニュースもありましたね。
よくある監禁じゃない感じが妙に妙な事件
でこの女子中学生誘拐、ただ「気持ち悪いニュースだな〜」では片付かないっつーかね。
分かってる範囲の情報からは、よくある監禁っぽい状況じゃないんですよ。
その家は普段、阪上が仕事で使用しているところで、2人にはそれぞれ個室があてがわれ、外出も自由だった。食事は1日3食与えられ、いつでも風呂に入ることができ携帯電話も普通に使えてテレビも見られた。阪上は学校の勉強のほか、2人に不動産業の勉強もさせていた。
んで、
2人は保護された際も、勉強中だった。
てなこと。
これから増えそうな現代社会の新たなつながりの形
私思うに、このスタイル今後増えますよ。
細かいこと分かりませんけど、未成年じゃなければ犯罪にならないんですよね?
一方は、生活を保証する代わりに自分優位なつながりを求める。
一方は、様々な理由で今ある状況から逃れたい。
バリエーションはいろいろでしょうけど、お互いがそれでよけりゃキレイに収まっちゃいません?
なんかホント、現代社会からあぶり出された新しい形っつーかね。
「金はあるけど孤独な人間」と「今の状況から逃れたい人間」の本能のマッチング
「金はあるけど孤独な人間」と「今の状況から逃れたい人間」。
今の世の中、どっちも絶賛増加中な感じですから、自ずとマッチングしちゃう。
こりゃニッポンいよいよやなと思いつつ、なんだろうな、お互いべつに異常じゃない気がするんですよね。
今の社会に本能的に適応しようとした結果そうなっただけ、みたいな。
だからやっぱ、通り魔殺人でも幼児虐待でも、一人ひとりの人間ってより、世の中全体がおかしいよなって方向に結局落ちつくんですよね。
この記事の下の方とかも似たような話。
とまぁ、そんなことを思ったというお話でした!
じゃ、おやすむ〜!!
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